少し唐突ですが、パティシエや料理人に必要なものは何だと思いますか? 技術、センス、経験——そういった答えが浮かびます。食べてくれる人がいてこそ料理は完成しますが、突き詰めると、料理人が届けるのは、素材に対峙する腕の見せ方とも言えるかもしれません。
仕入れた桃が手の上にある。それだけでは、想像力はそこまで広がりません。どんな木に実り、どんな気候のなかで育ち、誰がどんな思いで収穫したのか。そういうことを知らないまま素材と向き合おうとしても、どこかで壁にぶつかります。産地を見て、生産者の話を聞いて、その土地の空気を吸う。そこではじめて、湧き出してくるものがある——私たちはそんなことを考えました。
捨てられるはずだったものが、素材になる
スーパーの棚に並ぶ果物は、収穫されたものの一部にすぎません。傷があるもの、サイズが基準に満たないもの、熟しすぎたもの——規格外とされた果実の多くは、市場に出ることなく廃棄されます。農家にとっては当たり前の光景でも、都市で働く料理人がその現実を目にする機会はほとんどありません。でも、産地に立てば、見え方が変わります。糖度が高く、香りが濃い。完熟ゆえの複雑さがある。加工や菓子づくりの素材として考えたとき、規格外品は欠点ではなく、個性になりうる。捨てられるはずだったものが、アイデアの起点になる。そういう発想の転換は、産地に身を置いてはじめて生まれるものです。
アーティストが地域に滞在するように、料理人も産地へ
アーティスト・イン・レジデンスという仕組みがあります。古くは中世のヨーロッパから。芸術家が一定期間、特定の地域や施設に滞在し、その土地の環境や人との交流のなかで作品を生み出すプログラムです。制作の場を日常から切り離すことで、新しい発想や表現が生まれる——そういう考え方が、アートの世界では長く実践されてきました。この発想は、国内外の食の世界でも広がりつつあります。産地に滞在しながら商品開発に取り組む料理人、農家と直接連携しながらメニューを生み出すシェフ、地域の素材と向き合うことをキャリアの軸に据える若い職人たち。「どこで、何と向き合い、誰とともに料理をするか」という問いが、少しずつ現実の選択肢になってきています。
そんな流れを、紀の川という産地で実践しようとしているのが私たちエンジョイワークスです。国内外のパティシエ・菓子職人を対象とした滞在型創作プログラム「パティシエ・イン・レジデンス in 紀の川」は、料理人が産地に身を置き、農家と直接つながりながら商品開発に取り組む、新しい地域連携モデルです。滞在期間は2週間から3ヶ月。エンジョイワークスが同時に展開する実践プログラム「FRUITS STREET KOKAWA LAB」と連携しながら、シェアキッチン・農家ネットワーク・規格外品を含むフルーツ素材をふんだんに使えます。
◾️FRUITS STREET KOKAWA LAB
https://enjoyworks.jp/news/32809/

写真上段は現地でのフルーツ体感ツアーで振る舞ったメニュー。食べるだけでなく、収穫や柿渋染めなどフルーツを介した体験のつながりもある紀の川三笠館
紀の川という場所のポテンシャル
和歌山県紀の川市は、桃・柿・みかん・いちじくをはじめ、年間を通じて多彩なフルーツが収穫される産地です。エンジョイワークスは2023年より同市の地域再生推進法人として、粉河エリアで農家・行政・大学・企業などとのネットワークを築いてきました。そのつながりが、このプログラムの土台になっています。拠点となるのは、大正時代の旧旅館をリノベーションした複合宿泊施設「紀の川三笠館」。滞在するパティシエは、農家から旬の素材をそのまま受け取り、廃棄されるはずだったフルーツも自由に使うことができます。素材の背景やストーリーを生産者から直接聞きながら、試作を重ねられる環境です。
実際に、今年の初春、先行してフランス人パティシエが三笠館に滞在し、紀の川産フルーツを素材とした試作に取り組みました。「都市では手に入らない素材と出会えた」「廃棄果実を使ったメニュー開発が想像以上に面白かった」——その声が、このプログラムの正式始動を後押ししました。今回のプログラムで試作した商品は、地域のマルシェや三笠館の来館者を相手にその場で試販売することも可能です。顧客の反応をもとに改善するサイクルを、短期間で体験できる仕組みも整っています。粉河寺の門前通り「とんまか通り」の空き店舗を活用したチャレンジ開業へとつなげていく展開も構想されており、滞在が一度きりで終わらない仕組みをつくろうとしています。

産地を知る、産地に飛び込む…そのフィールドを用意しています
素材に恵まれた土地で、自分の手で何かをつくりたい。そう思う料理人に、この場所は応えられると思っています。
◾️プログラムの説明会を7/18(日)に開催します。紀の川・粉河ってどんなところ?何ができるの?そんな疑問にお答えします。
詳細はこちら
日々の活動、運営の様子は、紀の川三笠館Instagramで発信中!
2026/06/30
2026/07/07