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土地の記憶に宿る。奥多摩「栖(Sumika)」が問い直す“泊まる”という体験

Feature Project 公開日:2026/06/30

旅に何を求めているのか。消費する観光——目的地を決め、名所を巡り、写真を撮って帰る。そうした旅の形は今もなくなってはいませんが、その輪郭が少しずつ変わり始めています。「泊まる場所」ではなく「関わる場所」——人々が求め始めているのは、「知らない場所を通過すること」ではなく、「その土地に、少しの間だけ思いを寄せること」と変容しているような気がします。

そして、「暮らすように泊まる」という言葉が、旅の文脈で語られるようになって久しくなっています。けれど、それを本当に実現するには何が必要か。その土地の空気を吸い、積み重ねられてきた記憶に触れ、自分のペースで時間を過ごすこと——そうした体験の場を、真剣につくろうとしている人たちがいます。

共感が育てた、沿線の物語
東京都心からJR青梅線で西に向かうこと約2時間。無人駅の改札を抜けると、深い緑とせせらぎの音が出迎えます。ここで展開されている、株式会社さとゆめと東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)の「沿線まるごとホテル」プロジェクトは、沿線地域そのものをひとつのホテルに見立て、空き家や地域資源を”編集”することで新しい滞在体験を生み出してきました。その中核拠点「Satologue」は、無人駅の鳩ノ巣駅と古里駅の中間に位置し、2024年にレストラン・サウナ棟を、翌年には宿泊棟を開業し、着実に場の厚みを重ねてきました。

無人駅をフロントに、沿線の人・もの・自然が、まるごと「おもてなし」してくれる。懐かしくも新しい滞在体験

沿線まるごとホテルウェブサイト
https://marugotohotel-omeline.com/

私たちエンジョイワークスは、この「Satologue」の2例目となる宿泊施設の整備において、地域活性化クラウドファンディング「ハロー!RENOVATION(ハロリノ)」を通じてファンドを組成しました。2025年12月の募集開始からわずか約3週間で、目標金額約1億円を達成。多摩地域を中心に活動するリーディングカンパニーから個人投資家まで、「沿線まるごとホテル」というコンセプトへの深い共感が、異例のスピードで資金を集める力になりました。単なる利回りではなく、地域の物語への参加として投資を捉える。そのような投資家たちの共感が、奥多摩の斜面にひっそりと佇む小さな建物を生み出しました。

「JR青梅線沿線まるごとホテルファンド」ファンドページ
https://hello-renovation.jp/renovations/27447

自然の記憶に触れる「栖(Sumika)」というかたち
その2棟目の名称は「Satologue 別邸スイートヴィラ 栖(Sumika)」。「栖」という字には、鳥が巣に帰って休むという意味があります。深く優しい自然の懐に抱かれるーそんなイメージでしょうか。この施設が目指すのは、豪華さや利便性の追求ではありません。土地の記憶の隙間に、ひっそりと身を潜めるような滞在——それが「栖」という名に込められた思想だと言います。

設計を担当したのは、合同会社NIaの伊藤嘉記氏。Satologueのレストラン棟・サウナ棟・宿泊棟を建築士の堀部安嗣氏とともに手掛けてきた伊藤氏が、今回は単独で設計を担いました。Satologueの宿泊棟(滝島邸)からわずか100メートル先、かつて古い民家が建っていた敷地。川へと向かって下る傾斜地を活かし、2階にはかつての民家のような大らかな一枚屋根を架け、室内のどこにいてもその気配を感じられる空間です。かつてこの土地が、山で伐り出した丸太を多摩川へ落とす「土場」として使われていたという記憶も、設計の背景に静かに息づいています。

「栖」の名の通り、森の中でひっそりと羽を休めるような、自然にじんわりと包まれるような

1階のサウナ室から専有の庭へ直接降り立ち、川のせせらぎや対岸の山々を眺めながら外気浴も。かつて、材木の搬出拠点として地域の営みと自然が交差してきたその水際に身を置く。そのような体験が、「暮らすように泊まる」という言葉を体現していきます。「2階の客室から1階のサウナへ、外気や光、地形を肌で感じながら移動するひとときが、この土地での暮らしの記憶へとつながる体験になればと考えた」という設計趣旨は、建物が単なる「ハコ」「入れ物」ではなく、動線そのものであることを示しています。

沿線まるごと株式会社による開業リリース(6/24付)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000025.000127030.html

共感が、物理的な場を育てていく
「栖」を支えているのは、建築だけではありません。プライベートバーには地域の作り手から届いた地酒やお茶が並び、ガーデンでは豆から挽くコーヒー体験が用意されています。夕暮れの庭でグラスを傾けながら、あるいはせせらぎのハーモニーを聞きながら、自分でコーヒーを淹れながら、ゆっくりと時間をかけて場に馴染んでいく——そのような過ごし方のすべてが、地域の人々や風土とゆるやかにつながっています。投資家として「沿線まるごとホテル」に共感したひとりが、ここに泊まりに来る。地域の食材や地酒に触れながら、自分が関わってきた土地の物語を体で知る。そして、また来たいと思う。こうした連鎖が、地域への関係人口をじわじわと育てていくのだと考えます。

私たちがハロリノを通じて目指してきたのは、資金調達の効率化ではありません。むしろ、手法としては少し遠回りで手間や時間もかかりますが、描いているゴールは明確で、そのための設計です。地域の事業に共感した人が、出資という形でその物語に参加し、やがて現地を訪れ、場の記憶を担う一員になっていく——そのような循環をつくること。「栖」の開業は、ファンドの「完成」ではなく、その循環のはじまりなのです。このファンド開始前、このプロジェクトの事業者、「沿線まるごとホテル」の嶋田俊平代表はこう話していました。「ファンドという資金調達を選んだのは、『この地域の未来を一緒に作っていく仲間を増やしたい』という思いがあったから。そして地域と投資家の『あたたかい関係性』を築いていければ」と。

6月24日に現地で行われたセレモニーには、沿線まるごと株式会社を構成するさとゆめ、JR東日本のほか、地域の観光振興を担う方々や、本プロジェクトに出資いただいた地元企業の方々など、多くの関係者が集いました。参加者からは、「宿泊と地域ブランディングという二つの柱が、この地域の観光の鍵になる」「年月とともに価値が育っていく場所にしていきたい」「奥多摩の暮らしの豊かさを、ここから発信してほしい」などの期待の声のほか、「観光は面で動くもの。きれいごとではなく、皆で手を取り合わなければ本当の発展は望めない」といった力強いエールも聞かれました。ハロリノを通して出会った投資企業(投資家)の方々が、この取り組みを支える「チーム」の一員になって、場を支えている。そんな共創の「はじまり」を垣間見ることができました。*記事冒頭の写真は、セレモニー後の記念撮影で

奥多摩の急峻な斜面を巧みに使いながら、自然と共生して紡がれてきた人々の暮らし。柚子の木が息づく小さな庭、川辺まで生い茂る草木、対岸の山々の輪郭——「栖」という空間は、そうした土地の積み重ねの中に、そっと間借りするような場所です。泊まることは、通過することではありません。一晩、あるいは数日、ある土地に「棲まう」経験は、その場所との関係を変えます。観光客から、その土地を少し知る人へ。知る人から、また来たいと思う人へ。そうした変化の積み重ねが、地域の持続可能性をじわじわと支えていくと、私たちは考えています。土地の記憶の隙間に、ひっそりと佇む自分だけの心地よさを見つける。「栖」という場所がそのような体験を静かに差し出すとき、「暮らすように泊まる」という言葉はようやく、その本来の重さを取り戻すのです。

栖の開業は7月半ば。今年の夏は、「都心に一番近い避暑地」ー奥多摩への旅はいかがでしょうか。川のせせらぎに耳を澄ませ、地域の作り手の味を楽しみ、夕暮れの庭に佇む——そんな体験が、ここで待っています。

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