駅前の広場、図書館のロビー、商業施設のエントランス—。私たちは日々、誰のものでもない場所を通り過ぎています。パブリックスペースという言葉は、行政が整備した場所だけを指すのではありません。「パブリック」という語には、公衆の、一般に開放された、という意味があり、所有者が誰であれ、開かれてさえいれば、それはパブリックスペースと呼ばれます。公園や広場はもちろん、駅、病院、劇場、そして商業施設のロビーのような、誰かが管理する私有地の中にある「みんなの場所」も。ここが、この言葉の輪郭をやや掴みにくくしている理由です。つまりパブリックスペースは、「誰が所有しているか」で定義される言葉ではなく、「誰に向かって開かれているか」で定義される言葉なのです。

都市の広場や緑豊かな公園も、日常の中にあるパブリックスペース。誰もが立ち寄り、思い思いに過ごせる、まちに開かれた場所です
そして、この「パブリック」という言葉には、二つの顔があります。ひとつは、誰でも立ち入れて、誰に気兼ねなく過ごせるという、開放性。もうひとつは、「誰のものでもない」ゆえに「誰も本気で面倒を見ない」場所になりかねない、という立ち位置。維持するのは誰か。修繕費用は誰が負担するのか。使われ続けるために手を動かすのは誰なのか——この問いに答えを持たないまま「公共の場だから」という理由だけで存在している場所は、国内で数多あります。
民間との連携で変わりはじめる「パブリックスペース」の前提
かつて公共空間は、「行政が整備し、行政が維持管理するもの」であることが当然とされてきました。私たちもそう思っていました。けれど、その前提は今、静かに書き換えられ始めています。国土交通省の官民連携まちづくりに関する検討の場でも、「官民所有のパブリックスペースの利活用・管理」や「持続的なエリアマネジメントに必要な財源・人材」が、繰り返し論点として挙がるようになりました。行政だけが公共空間の面倒を見るという構図には、財源にも人材にも限界がある——という現実が、正面から語られ始めているのです。
その結果、パブリックスペースは「行政が用意し、市民が利用する」ものから、「関わる人たちみんなで、使い方や運営そのものを作っていくもの」へと、少しずつ姿を変えつつあります。地域住民がアイデアを出し合い、企業が場を運営し、市民自身がお金の面から関わる—。パブリックスペースは、もはや行政だけが背負うものではなく、「誰かと一緒に作る」ことが前提になり始めているのです。
この変化の中で、大きな役割を担い始めているのが、民間との連携です。行政が土地や建物という「器」を持ち、その活用の企画や運営を民間が担う。さらに、その運営資金を市民からの投資というかたちで集める。こうした官・民・市民、三者の連携が実現すると、行政だけでは実現できなかった活用の幅、収益を生みながら維持し続ける仕組みや、地域に合わせた柔軟な使い方が可能になっていきます。パブリックスペースの再価値化とは、単に「古い建物をきれいにする」ことではありません。「誰が、どう関わり続けるか」という関係性そのものを設計し直すことなのだと思います。
再生物件が持つ、もうひとつの価値
この問いは、歴史的な建物の保存・活用の現場では、いっそう切実な形をとります。古い建物を「壊さず残す」ことと、「使われ続ける」ことは、実は簡単には両立しません。維持管理には相応の費用がかかり、耐震補強や修繕には多額の予算が必要です。行政や所有者が補助金だけで支えようとしても、それは一時的な措置に留まりがちです。
結果として、価値ある建物が「保存はされたが、閉ざされたまま」になってしまうというのは、決して珍しい話ではありません。パブリックスペースの再価値化とは、この「保存」と「経営」のあいだに、持続可能な橋をかける作業でもあります。そしてこの関係性の設計がどのように実現し得るかを、具体的な形で示しているのが、旧村上邸の事例です。
鎌倉市の鶴岡八幡宮から東に位置する「西御門」という由緒ある地名にある「旧村上邸」は、その橋渡しがどのように実現し得るかを示す、ひとつの事例です。能舞台や茶室、日本庭園を備えたこの和風建築は、所有者であった村上梅子さんの「建物は壊さず、市民に利用してほしい」という志から、2016年に鎌倉市へ遺贈されました。景観重要建築物に指定されるほどの価値を持つ建物である一方、歴史ある大きな邸宅を安全に活用するための改修には、相応の費用がかかります。市が補助金だけでこの建物を支え続けることは、現実的ではありませんでした。

能舞台や茶室、日本庭園を備える鎌倉・旧村上邸。歴史ある建物の趣を活かしながら、地域に開かれた場として活用されています
そこで鎌倉市が選んだのが、公募型プロポーザルによって民間の運営事業者を選定するという方法。公募が始まる前から、私たちは「旧村上邸アップデートプロジェクト」と題したワークショップを重ね、地域住民とともに活用のアイデアを募ってきました。そして公募を経て運営事業者に選出され、改修・運営の予算は投資型クラウドファンディング「ハロー! RENOVATION」を通じて調達。市民が投資家として、この建物の未来に関わる仕組みをつくりました。
そうして2019年、旧村上邸は「鎌倉みらいラボ」として生まれ変わりました。運営はエンジョイワークスが市との定期賃貸借契約のもとで担い、賃料収入で動かしていく——、行政・民間・市民のいずれにも無理のない「三方よし」の関係が実現しました。現在は、能舞台や茶室を活かした企業研修や講座、地域コミュニティの活動拠点として、多目的で使われ続けています。
◾️旧村上邸ー鎌倉みらいラボー https://kamakura-mirai-lab.com/
パブリックスペースの再価値化とは
「保存」と「収益性」、そして「公共性」と「使われる場」——ともすれば相反しがちなこれらの要素を両立させる鍵は、特別な技術や大きな予算にあるのではなく、地域の人たちを巻き込みながら、時間をかけて「使われ方」そのものを「みんなで」考えていくプロセスにあるのだと思います。
パブリックスペースは、誰か一人が守るものではありません。行政が土台を整え、民間が運営を担い、地域の人たちが関わり続ける——三者の関係が続く限り、その場所は「保存された過去」ではなく、「使われ続ける現在」であり続けます。旧村上邸の能舞台に、今日も誰かの声が響いているのは、その関係が途切れずに続いてきた証なのかもしれません。
2026/10/20
2026/10/20