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【視察レポート】フェリーで30分、日常が変わる島——瀬戸内の離島、本島(ほんじま)から考えるまちづくり

Report 公開日:2026/10/20

改めて言うまでもないことかもしれませんが、日本は島国です。そのなかで、人が住んでいる島がいくつあるかご存知でしょうか。国土交通省の資料によると、日本にはおよそ14,000を超える島があり、そのうち人が住んでいるのは420前後だとされています。(本州・北海道・四国・九州・沖縄本島を除く)離島と呼ばれる場所に暮らす人口は、日本の総人口のわずか0.5%ほど。つまりは、実際に島で暮らしている人はごくわずかという、この数字のギャップがあります。

海に囲まれた「島だからこそ生まれる風景」は、いわゆる本土に暮らす者にとって、まさに「非日常」の空間。けれど、そこには島民たち独自の「暮らし」があります。そんな地方の島(離島)の多くが直面しているのが、「本土との物理的な距離」に起因する生活・経済の不便さと、それに伴う人口減少です。地理的な条件は、観光の面では魅力になる一方で、そこに暮らす人にとっては常に距離というコストとして跳ね返ってきます。その構造は、いわゆる地方郊外の「まちの課題」よりも深いかもしれません。

まず、生活インフラとサービスの不足があります。医療機関や日用品を扱う店が身近になく、専門的な治療や日々の買い物のために、本土まで足を運ばなければならない場面が少なくありません。産業の面では、漁業や農業といった一次産業の担い手が高齢化し、後継者が不足しています。魅力的な就職先が少ないことも重なり、進学や就職を機に若い世代が島を離れていく流れは、なかなか止まりません。移動そのものにもコストがかかり、台風や時化で船が止まれば、人だけでなく生活物資の流れも止まってしまいます。そして、こうした要因が積み重なった先に、空き家や耕作放棄地の増加、祭りや伝統行事の存続危機があります。人が減ることで管理しきれない家や畑が増え、それを支えてきた若い担い手も足りなくなっていく——これは、特定の島だけでなく、多くの離島に共通する課題です。

(前置きが長くなりましたが)そんな「島」のいまの姿をみてみようと、今年の夏、私たちが訪れたのが、香川県丸亀市の本島(ほんじま)。丸亀港からフェリーで約30分、塩飽(しわく)水軍の拠点として栄えた歴史ある島です。最盛期の人口は約4800人で、今も約250人が暮らしており、そのうちの3分の2ほどが高齢者だそうです。島内にはスーパーも薬局も美容院もなく、日常の買い物ひとつをとっても、本土に頼らざるを得ない場面が多くあります。移動の足も、フェリーとコミュニティバスが頼り。便数は決して多くありません。
*塩飽水軍とは、室町〜戦国〜江戸時代、瀬戸内海の塩飽諸島(本島を含む)を拠点にした、操船・造船に長けた海上勢力集団(操船技術のある武装集団)

海に囲まれた本土側の穏やかな風景と、塩飽水軍ゆかりの歴史を伝える本島のまちなみ。受け継がれてきた景観の中に、今も島の暮らしが息づいています

空き家が、また使われる場所に
実際に島を歩いてみると、まず目に入るのが笠島地区のまちなみ。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されたこのエリアには、敵の襲来を防ぐために意図的に曲げられた細い路地が今も残り、白壁となまこ壁の家々が軒を連ねています。一方で、閉ざされたままの戸や、崩れかけた屋根がそのまま残っている家屋も少なくありません。諸島の政務を担った塩飽勤番所の跡地も、当時の「自治」のあり方を伝える貴重な建物として残っていますが、それを維持していく次の担い手も、島の現実として重なって見えてきます。

そんな空き家のいくつかに、瀬戸内国際芸術祭のアート作品が入り込んでいるのを見つけました。かつて水軍の拠点だったこの島にちなんだ「Departure(出航)」という作品や、砂と古い網や縄を使って船の形をつくった「Bottom Sky」、漆喰と「鏝(こて)」で描かれた看板作品(鏝絵)など、廃屋や空き地そのものが展示空間として使われています。誰も住まなくなった家に、外からやってきたアーティストの手が入り、新しい意味を与えられている——その様子は、課題としての空き家とは、少し違う顔を見せていました。

島の路地や暮らしをじっくり見るため、視察は自転車で。代表の福田も、自らペダルを漕いで島を巡りました

空き家の再生は、アート以外の形でも進められています。笠島地区では、古民家をリノベーションした一棟貸しの宿がオープンし、島の外の視点や技術を取り入れながら、再び使われる場所に変わっていく。そんな動きが、じわじわと起こっているとか。自治体も移住・定住の面でも、島の暮らしを試せる滞在プログラムや、島のくらし体験住宅、リフォーム助成、子育て世帯向けの補助制度など、関係人口を少しずつ増やしていくための仕組みを用意しています。ワーケーションを軸にした宿泊促進の取り組みも、島の外との接点をつくる試みのひとつ。これらは、自治体だけでなく、地元の大学や地域団体などが、担い手として関わりながら形にしてているようです。

離島とまちづくり、地続きの問い
本島で見た空き家は、「使われなくなった場所」のまま放置されるのではなく、アートや宿、移住支援といった複数の形で、新しい人の目に触れる場所に変わっていました。これは、空き家を単に維持・管理する対象としてではなく、外の人と地域をつなぐ接点として捉え直す、一つのやり方だと感じます。

私たちがこれまで別府や紀の川、横須賀などで取り組んできた空き家活用やエリアリノベーションも、根っこにある発想は近いところにあるのかもしれません。使われなくなった建物を、地域の外の関心や技術と結びつけることで、単なる「空き家対策」を超えた価値を生み出していく。本島で見た光景は、規模も文脈も私たちの現場とは違いますが、向き合っている課題の芯の部分は、どこかで通じています。空き家を「なくす」のではなく「別の形で生かす」という選択肢を持てるかどうかは、その地域に関わる人がどれだけいるかにかかっています。人口減少という数字だけを見れば厳しい現実ですが、その中で何を残し、何を新しく差し込んでいくか。その選び方に、まちづくりの余地はまだ残されているのだと思います。

島には、本土とは違う制約があります。利便性とは少し間をおいている暮らし——その制約の中でしか生まれない風景や時間の流れを感じることができました。課題と工夫が同じ路地に同居しているという事実そのものが、私たちにとっては大きな手がかり。次に島を訪れるときも、そこに残るものと、新しく生まれているものの両方に、目を向けていきたいと思います。

◾️まるがめせとうち島旅ノート https://www.marugame-happylife.jp/islands/about/honshima/
◾️一般社団法人笠島まち並保存活用会 ウェブサイト https://npo-kasashima.com/

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