「移住」と聞いて、どんな暮らしを思い浮かべますか?かつては、転勤や海外赴任など、仕事の都合でまったく違う土地に住まいを移す──そんなイメージが強かったかもしれません。かつての”移住”は「今の生活を手放して、新しい生活を選び直すこと」であり、新しい住環境や生活環境を求めるとき、「職も変えなければならないのではないか」という不安は根強くあります。それが移住のハードルでもあったのです。しかし近年、その前提が少しずつ変わってきています。テレワークの普及や副業・フリーランスという働き方の広がりによって、「住む場所」と「働く場所」が必ずしも一致しなくなっています。今の仕事、今のキャリアを続けながら、暮らす場所だけを変える。そうした「転職なき移住」という選択肢が、現実的なかたちとして少しずつ広がりを見せているのです。
こうした働き方の変化を、個人の努力だけに委ねるのではなく、企業や行政を巻き込みながら仕組みとして後押ししようという動きも各地で生まれています。そのひとつが、大分県の取り組み。2023(令和5)年度、転職を伴わない移住の促進による地方創生を目的に、企業・団体との「パートナーシップ宣言」をスタートしました。県内の市町村でテレワークを実施しながら地域と交流するモニターツアーを実施し、参加した都市圏の企業との連携・協力を通じて、県への「転職なき移住」の受け入れ体制強化や、移住に関心の高い企業の誘致を進めていく取り組みです。宣言企業は毎年着実に積み重なっており、富士通やコクヨ、NTT西日本といった大手企業から、ワーケーションやテレワークを推進する業界団体まで幅広い顔ぶれが名を連ねています。
◾️大分県における転職なき移住促進による地方創生に向けたパートナーシップ宣言について
https://www.pref.oita.jp/soshiki/10112/tenshokunakiijyu-partner.html
このたび、エンジョイワークスもこのパートナーシップ宣言に加わります。別府市でTOJIHAUSプロジェクトを展開している私たちにとって、これまで現場で積み重ねてきた関わりが、ひとつのかたちとして結ばれる形です。「宣言」の内容は、大きく3つの柱で構成。ひとつは、TOJIHAUSを転職なき移住や二地域居住の滞在拠点として活用し、「まずは滞在してみる」ことから継続的な関わりへとつなげていくこと。もうひとつは、TOJIHAUSを域外企業と域内企業をつなぐ接点とし、産業の活性化や関係人口の創出に役立てること。そして、私たちが別府市のとなり、日出町(ひじまち)で取り組む特定居住支援法人としての活動もあわせ、空き家・遊休不動産の活用や地域内外の人材をつなぐ仕組みづくりを通じて、地域課題の解決と魅力ある地域づくりに取り組むことです。

TOJIHAUSでの見学や交流の様子。滞在をきっかけに地域の人や暮らしに触れ、継続的な関わりへとつながる接点を育んでいます
県が企業とタッグを組む理由は?
この宣言の特徴は、移住支援の対象を「個人」から「企業」へと広げた点にあると考えます。これまでの移住施策の多くは、移住を検討する個人向けの情報提供や相談窓口が中心でした。場や仕事を橋渡しするという立ち位置でしょうか。それに対してこの取り組みは、企業そのものと連携し、社員がテレワークをしながら地域と関わる機会をつくり、地域の事業者や移住者との交流やフィールドワークを通じて、その土地の強みやビジネスの本質的な価値を掘り起こしていくものです。プロボノ活動や副業といった多様なキャリア形成支援も組み込まれており、移住という一点だけでなく、地域との継続的な「関わりしろ」を広げる設計になっています。
実際に県のモニターツアーに参加した企業からは、地域の課題を自分ごととして考えるきっかけになった、普段の仕事では得られない視点を得られた、といった声が寄せられているとのこと。一過性の視察で終わらせず、継続的な連携へとつなげていく枠組みとして、この宣言は機能しているようです。
TOJIHAUSが重なる、中長期滞在という受け皿
この文脈で見ると、TOJIHAUSの取り組みも重なって見えてきます。TOJIHAUSは、別府市内に点在する空き家を「面的に」再生し、中長期滞在に特化した宿泊拠点として整備するプロジェクト。別府市は源泉数・湧出量ともに国内随一を誇る温泉都市でありながら、市内の宿泊施設の約9割は1〜2泊を前提としたホテル・旅館が中心で、湯治に適した中長期滞在向けの拠点は十分ではありませんでした。移住はいきなり住民票を移すという話ではなく、まずその土地で暮らしてみる期間があってこそ現実味を帯びます。TOJIHAUSのような滞在拠点は、そうした最初の一歩を支える受け皿になり得ます。
◾️TOJIHAUSウェブサイト https://tojihaus.jp/

2025年に開業したTOJIHAUSの3棟。大きなキッチンや洗濯機などを備え、中長期の滞在でも快適に過ごせるしつらえです
同時に私たちは、域外企業と地域をつなぐ接点としての役割も担っていきたいと考えています。テレワークやワーケーションで滞在する都市部の人材と、別府の地域事業者との交流や新たな事業機会につながる接点をつくることで、一過性の観光や滞在にとどまらない関係人口の創出を目指します。
空き家は長らく「地域の課題」として語られてきました。これは、国内のどのまちも抱える悩みです。しかし「転職なき移住」という新しい人の動き方が広がるいま、空き家は課題であると同時に、これからの暮らし方を受け止める「資源」にもなり得ます。別府での一棟一棟の積み重ねが、県という単位の取り組みと結びつくことで、これまで届かなかった層にも届く可能性が生まれます。日出町で取り組む特定居住支援法人としての活動もあわせ、地域が抱える課題と、都市部の多様な知見・スキルを持つ人材をつなぐ仕組みづくりにも取り組んでいます。私たちにとってもこの宣言は、ゴールではなく、多様な暮らし方や働き方を地域の新しい可能性へとつなげていく、ひとつのスタート地点なのです。