「ソーシャルバリュー」という言葉を耳にしたことはありますか? そのまま訳して「社会的価値」。まちづくりや官民連携、地域再生といった文脈のなかで、「その事業が地域や住民にどんな価値をもたらしているか」を説明する際に使われるようになりました。その発祥は2010年前後のイギリスです。当時、アメリカで提唱された、企業が本業を通じて社会貢献と利益を両立させる「CSV(共有価値の創造)」という考え方が、「CSR(企業の社会的責任)」の次のあり方として世界的に注目を集めていました。そうした流れのなかでイギリスでは、営利企業でも純粋な非営利団体でもない中間的な存在である「社会的企業セクター」を後押しし、公共調達にも社会的価値を反映させることを目的とした法律「社会的価値法」が施行されています。日本では、この「社会的企業セクター」に近い言葉として「ソーシャルビジネス」「コミュニティビジネス」といった呼び方が使われており、まちづくりや空き家再生の文脈でもよく登場する考え方です。
なぜいま、ソーシャルバリューなのか?経済が右肩上がりで成長していた時期は、より合理的かつ経済価値の高いものへ、物も人もお金も動いていました。そんな時代を経て、高齢化や人口減少、経済の停滞、地方の衰退など、いわゆる複層的な「社会課題」が生まれています。経済成長の追求だけでは測れない価値——「なにがその地域にとって意味があるのか」。これを問う目線も必要になっています。

建物が増え、まちが整う。その先に、どんな豊かさが生まれるのか
例えば人・社会・地域・環境に配慮した消費行動全般を指す「エシカル消費」や、生産者に公正な対価や適正な労働環境を保証した商品「フェアトレード」は、社会的価値(ソーシャルバリュー)を生み出す企業・商品を、消費者が「選ぶ」という消費行動(需要側の視点)にあたります。企業側も、社員や消費者から「この商品はどのようにできているのか、適正な価格なのか」「この会社は何のために存在するのか」を問われる時代になっています。
まちづくりの領域における「ソーシャルバリュー」とは?
実は、「まちづくりは儲からない」と言われることがあります。これは半分合っています。都市部の再開発や大手ゼネコンを中心としたエリアマネジメントのような事業は、稼ぐことが前提なので、少し構造が違います。一方で、地域に根差した小規模なまちづくりの多くは、行政の補助金やNPOなど担い手の善意によって支えられてきました。そこで生まれる価値とは、「住民同士のつながりが強まる」「空き家が活用されて人が集まる」「地域への愛着が育つ」など、数字には表れにくいものばかりです。こうした「経済的な利益には換算されないが、地域にとって確かに意味のある価値」が、ソーシャルバリュー(社会的価値)と言えるのです。
こうした価値が見過ごされてきた背景には、いくつかの理由があります。一つは、価値を言語化・可視化する手法が浸透していなかったこと。効果は実感されていても、それを言葉や数字にして示す技術がなければ成果が感覚で終わってしまいます。さらに、担い手の多くが自治体職員やボランティア、地域への思いを持った個人・団体が中心となって進めることも少なくなく、「事業として成立させる」という発想自体が根付きにくい土壌がありました。そして何より、その背景に、「儲けること」と「地域のためになること」は別物だという、経済的価値と社会的価値を対立させる前提が長く共有されてきたことも大きいでしょう。
月見台のプロジェクトで感じた、ソーシャルバリューのヒント
横須賀市田浦にある「月見台住宅*」は、築60年超の元市営住宅団地を、住まいと小さななりわいの場を兼ねる「なりわい住宅」として再生したプロジェクトです。私たちエンジョイワークスは、横須賀市のプロポーザルを経て官民連携で事業を担うことになり、2024年に新たなスタートを切りました。振り返ってみると、このプロジェクトは「経済的価値か、社会的価値か」という二者択一ではなく、その両方をひとつの事業のなかにどう編み込むか、という問いの連続でした。

説明会や見学会、イベントを通じて、多くの人と月見台住宅のこれからを考えてきました
ひとつは、お金の集め方です。改修資金の一部は私たちが運営する不動産クラウドファンディング「ハロー! RENOVATION」で募り、1期・2期あわせて約1.36億円が集まりました。地域金融機関からの融資と組み合わせることで事業として成り立たせる一方で、出資という形で「この場所の再生に関わりたい」という人たちの思いも受け取ることになりました。これまでのまちづくりの資金は、自治体の事業費や補助金、融資が中心でしたが、私たちはそこに加えて、「色のついたお金」——つまりは誰がどのような思いで出資・投資したか、それにどんな意味があるのかを“開いていく”ことに軸足を置きました。
もうひとつは、住む人・使う人のあり方。なりわい住宅では、住まい手がそれぞれの小さな商いを通じて、暮らしの一部を地域に開いています。「小商いで地域にお金を回す」「月見台という新たな小さな経済圏を動かす」という経済的な価値と、人が行き交い顔見知りが増えていくこと、建物を壊さずに再生・活用することといった社会的な価値が、同じ場所のなかで同時に生まれているのです。
地域との関係にも、少しずつ変化がありました。当初は、新しい事業者がやってくることに警戒心を持つ地域の方もいました。それが、月見台に至る登り坂を歩く人が増え、イベントには多くの人が集まり、メディアにも注目され…地域に寄り添いながら進めるまちづくりのやり方もあるのだと、次第に受け止められるようになってきました。これもまた、数字には表れにくい価値のひとつです。

受け継いだまちなみに、商いと人のつながりが育つ月見台住宅*
一方で、既存の制度や仕組みの多くは、こうした「両立」を前提につくられていません。そして、いわゆる再開発の現場では、投資に見合う経済的な成果が最優先されることも少なくありません。月見台でも、行政の側では、「維持費はかかるのに市の収入が大きく増えるわけではない」という点が議論になったといいます。それでも、同じ維持費をかけて「塩漬け」にしておくほうが結果的に大きなマイナスになる。そうした考え方で理解が得られたことは、経済的な損得だけでは測れない価値を、官民で共有できた一つの場面だったように思います。こうした判断を支えるためにも、私たちは、現場で起きている価値を自分たちの言葉で説明していくことが欠かせないと感じています。
数字にならない価値を、私たちの言葉で伝えていく
ソーシャルバリューは、特別な事業だけのものではありません。空き家にあかりが灯ること、誰かの商いが始まること、その場所を気にかける人が増えること。月見台で生まれているのは、そうした一つひとつの小さな変化です。経済的な価値と社会的な価値を、どうすれば同じ事業のなかで育てていけるのか。その問いに、ひとつの決まった答えはありません。だからこそ私たちは、月見台での日々の運営を通じて、これからも考え続けていきたいと思っています。
そして、現場で見えている価値を「なんとなく良い」で終わらせず、言葉にし、ときに数字にして、地域の外にも届けていくこと。それもまた、まちづくりの担い手である私たちの大切な役割です。月見台で起きていることを発信し続けることが、同じように地域と向き合う誰かのヒントになり、まちづくりを「続けていける事業」へと育てていく力になると考えています。
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言葉や数字だけでなく、できるものなら、その「生まれた価値」を現地で感じてほしい。私たちは横須賀市と共催で、10月24日(土)・25日(日)に「月見祭2026 BONBON TSUKIMIDAI」を開催します。入居者の工房や店舗でのワークショップ、田浦の近代化遺産を巡るツアーに加え、25日には田浦エリアで約30年ぶりとなる盆踊りも復活します。
代表の福田は、この盆踊りの再開に、「月見台が地域のつながりを取り戻すきっかけになりつつあることを感じた」といいます。行政だけでなく、地域全体で「この場所を残していこう」という思いが育っていくこと。それが、私たちが月見台で目指している姿でもあります。小さくとも確実に生まれている「まちの小さな変化」を体感してもらえると嬉しいです。
月見祭2026 BONBON TSUKIMIDAI
https://tsukimidai.com/bonbon/

昨年10月に開催された「月見祭」の様子。約1,500名が来場し、餅つきやジャズライブに盛り上がりました