1×2×3=6。何のことかわかりますか?そう、普通の掛け算ですが、実は、農業からつながるキーワードです。1は1次産業(農業)、2は2次産業(製造業・加工)、3は3次産業(販売・サービス業)。これを掛けたものを6次産業と言っています。近年、ここから新しい産業がポツポツと生まれています。
6次産業という言葉が生まれたのは、1990年代半ばのこと。長らく「作る」ことに専念してきた農家が、加工と流通・販売の機能も自らの手に取り戻すことで、新たな付加価値を生み出そうという発想から提唱されました。加工食品や外食が食卓に浸透するほどに、消費者が食に払うお金の多くは加工・流通の側へ流れ、生産者の手元には残りにくくなっていく。汗をかいて作物を育てても、収入がそれに見合わない。そんな一次産業の厳しさに対して、「加工する」「届ける」までを農家自身が担うことで、利益を取り戻していく。それが6次産業化の狙いでした。2010年には「六次産業化・地産地消法」が制定され、国・農林水産省としてもこの動きを後押しする体制が整えられていきます。
何を、どう、掛け合わせるか
これに伴い、その考え方を体現する取り組みが各地で数多く生まれています。耕作放棄地の解消をきっかけに特産のさつまいもをブランド化し、地元の大学や商工関係者と連携しながら知名度を高めていった事例。自社で育てたしいたけを加工・販売まで一貫して手がけ、卸売りだけでなく直売所のレストランでも提供する事例。特別な発明をしたわけではありません。すでにそこにある資源の見せ方、届け方を工夫した。その積み重ねが、6次産業化という言葉のもとで新しい産業として結実しています。華やかなブランディングの成功事例に目が向きがちですが、本当の価値はその裏側にあります。何十年もかけて品種を守り、土を育て、特産品をこつこつと磨いてきた地方の農業にとって、次の一歩を後押しする視点を与えてくれるものなのです。
そしてもう一つ、見落とされがちな側面があります。野菜や果物には旬があり、「食べごろ」というごく短い時間の中でしか収穫できません。加えてスーパーや市場で流通させるには、大きさや形、色つやといった「規格」を満たす必要があり、実った作物のすべてが店頭に並べられるわけではないのが実情です。少し形がいびつなだけで、味には何の問題もない野菜や果物が、出荷されずに畑に残されてしまう。加工という工程は、こうした規格外の恵みをジャムやスープ、乾燥食品といった別のかたちに変え、廃棄されるはずだったものに販路を与えます。生産者にとっては収入源が増え、消費者にとっては手に取りやすい商品が増える。6次産業化は、販路や収益構造を変えるだけでなく、「もったいない」を減らす仕組みでもあるのです。

大切に育てた特産品を継続的に届けるために、販路と収益を支える仕組みを整えることが必要です(ジュースやジャム、ドレッシングなどに加工された商品たち)
紀の川で動き出した掛け算
1次産業、2次産業、3次産業を掛け合わせる。言葉にすればシンプルですが、実際に一つの土地の上で動かしていくのは簡単なことではありません。誰が農家と加工の担い手をつなぎ、誰が商品を届ける先を見つけるのか。掛け算を成立させるには、それぞれの産業のあいだに立ち、橋を架ける存在が必要になります。
和歌山県紀の川市では、その橋渡しが少しずつ形になってきています。エンジョイワークスは2023年度から、粉河寺の門前町として歴史を持つ粉河エリアで、地域活性化に取り組んできました。大正時代に建てられた旧旅館をリノベーションし、2024年6月にオープンした複合施設「紀の川三笠館(KINOKAWA MIKASAKAN)」は、ゲストハウスとフルーツを使ったスイーツカフェ、貸し切りサウナを備え、地域の顔となる場所に生まれ変わりました。私たちは紀の川市の「地域再生推進法人」として、地域の食プラットフォーム「EATLO KINOKAWA」の発信や、農家・行政・大学・企業と連携した「Fruitsマルシェ」の開催など、地域の農と食をつなぐ基盤づくりを重ねています。

地域で重ねてきたイベントや取り組みは、農家と消費者が出会い、地域の農や食の魅力を直接届ける架け橋になっています
そして今年の8月からは、次のステップとして「FRUITS STREET KOKAWA LAB」がスタートしています。全国の食の作り手と、地域で挑戦したい人が出会い、農家との交流やフィールドワークを経て、商品開発から実験出店までを行う実践プログラム。最終回では、Fruitsマルシェやとんまか通りの空き店舗を活用したポップアップ出店も予定されています。
◾️FRUITS STREET KOKAWA LAB紹介ページ
https://mikasakan.com/ja/fluits-lab/
このエリアブランディングの旗印となっているのが「EATLO KINOKAWA」です。地域の生産者による商品を、食べる(EAT)・知る(EDUCATE)・体験する(EXPERIENCE)という3つの切り口で紹介し、販売につなげていく取り組みです。そして、私たちの運営する紀の川三笠館を拠点とした「Fruits Town KINOKAWA 販路⾃⾛化」の事業では、粉河・紀の川エリアの11の農家・食品事業者が参画。フルーツをはじめ、それを使った乾燥やさいスープやジャム、和紙といった加工品まで、それぞれの作り手が育て、形にしてきたものが並びます。館内の宿泊エリアやカフェ、サウナといった機能を通じて、参画事業者の商品を実際に「体験しながら」出会ってもらう場に育てています。商品の販売・ディスプレイ拠点として、廊下には生産者の顔とストーリーを伝えるパネルを掲げていきます。1次産業の作物が、2次産業の加工を経て、3次産業の場でお客さまと出会う。その一連の流れが、この一棟の建物の中に凝縮されているのです。

事業者や商品の魅力を知り、手に取るきっかけをつくります(画像はイメージ)
あわせて、ECサイト「EATLO KINOKAWA」の公開も予定されており、紀の川の外に暮らす人にも参画事業者の商品を届けていく計画です。さらに10月には、東京・品川での催事出店も控えており、首都圏の消費者と紀の川の生産者が直接つながる機会に。三笠館という「地元」の場、ECという「オンライン」の場、催事という「首都圏」の場。三つの回路(販路)を通じて、紀の川の「1×2×3」は少しずつ外の世界とつながり始めています。
掛け算の先にあるもの
生産者は作ることに、加工の担い手は形にすることに、それぞれ長い時間をかけて向き合ってきました。その先に足りなかったのは、それらを一つの流れとしてつなぎ、届ける役割です。紀の川で今起きているのは、まさにその不足していた部分を埋めていく作業なのだと思います。
これは特別なことをしているというより、農業が本来向かっていく先に、自然と近づいているということなのかもしれません。作るだけでは立ち行かなくなった時代に、加工し、届けるところまでを自分たちの手に取り戻していく。それは一つの地域だけの話ではなく、日本の農業がこれから歩んでいく、ある種必然的な道筋でもあります。
エンジョイワークスは、その道筋の上で、農家と加工の担い手と、商品を待っている人たちのあいだに立つ役割を担っています。1次産業、2次産業、3次産業。それぞれの現場で積み重ねられてきたものを掛け合わせ、次の形へとつないでいく。紀の川で育つ一つひとつの果実が、誰かの手に届くまでの道のりを、これからも一歩ずつ形にしていきたいと思います。
◾️EATLO KINOKAWA Instagram
https://www.instagram.com/kokawa_renovation/
2026/09/01
2026/09/01