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家具職人×「地域おこし協力隊」のイケてる関係性ー和歌山県紀の川での“ものづくり”と“場づくり”

Interview 公開日:2026/08/25

「地域おこし協力隊」という制度を知っていますか?都市部から地方へ人材を送り出し、最長3年間、地域活性化の担い手として活動してもらう総務省の制度です。役割はさまざまで、空き家の再生や特産品の開発、移住促進の広報、地域おこしイベントの企画運営など、「その地域に足りないものを、外から来た視点と行動力で埋めていく」ことが共通のミッション。3年の任期中は自治体から一定の給与や住居支援が受けられますが、本当の意味でのゴールは任期後——その土地に根を張り、自立して暮らしていけるかどうか。とはいえ現実には、任期途中で辞める人が3〜4割、任期後もその地域に残る人もまた3〜4割程度と言われており、決して簡単な道ではありません。

エンジョイワークスは、和歌山県紀の川市と連携し、企業派遣型の地域おこし協力隊として2023年7月、ひとりの家具職人を紀の川に送り出しました。三宅慧さんです。空き家をシェアハウスにリノベーションするところから始まり、大正時代の旅館・三笠館の再生と地域拠点としての開業運営と業務を拡大。この夏、3年間の任期を終えて紀の川に残ることを選んだ三宅さんに、これまでの歩みとこれからについて聞きました。(聞き手:ENJOYWORKS 佐藤朋子)

地域おこし協力隊のリアル
「地方に行くと家賃補助や車を貸してくれる制度があるらしい」——高校2年生のときに家族から聞いたその話が、地域おこし協力隊を志した最初の入り口。大阪出身ながら、中学と高校時代を福井県勝山市で過ごし、長野県松本市に祖父母の家がある三宅さんにとって、都心より山や田舎のほうが馴染み深い場所でした。

ところが高校3年になる頃、コロナ禍に。協力隊で地域に入っても身動きが取れないという事例を聞き、「時間を稼ごう」と選んだのが、長野県の職業訓練校。もともと物を作ることが好きだったこともあり、家具職人としての道に足を踏み入れます。軽い気持ちで始めた1年間の学生生活でしたが、やってみると家具作りが想像以上に楽しく、「これで生きていこう」と決意するまでになりました。

卒業後は実家から通える大阪の家具屋に就職したものの、都会での「職場と家の往復」だけの生活にも疲れを感じ、1年ほどで退職。「もう一度、協力隊を探そう」と動き始めたタイミングで出会ったのが、エンジョイワークスでした。和歌山県紀の川市で隊員を募集していたのですが、探すにあたって、検索したキーワードは「DIY」「木工」「家具」。これにひっかかったのが、この会社。「まずは地元に近い紀の川を見てみよう」と、大阪でのイベントへ。「家具を作っていて、DIYのレベルじゃなくバリバリやれます」と伝えると、その場でほぼ即決。そこから紀の川市での暮らしがスタートしたのです。

初めて紀の川市を訪れたときの印象は「意外と都会だな」。学生時代を過ごした福井県勝山の山深さと比べると、紀の川市は歩いて駅に行けて、スーパーもある。「これで田舎と言うんだ」という驚きは、同時に「この環境で空き家問題が起きているなら、自分でもアプローチしやすい」という前向きなモチベーションにもつながっていきました。

家具職人として、だけじゃない「協力隊」としての存在価値
三宅さんが紀の川に着任したのは、ちょうど市内の空き家をシェアハウスにリノベーションするプロジェクトが動き出すタイミング。最初に覚えた仕事は、「廃材を運び出すためのトラックロープの縛り方だった」といいます。解体イベントを開き、そこで出た廃材を使って家具を作るワークショップを実施するなど、DIYで手を動かしながらプロジェクトを前に進めていきました。

DIYで自分たちの住まいを作ることからスタート

「これをやって」と指示が降りてくるのではなく、「イベントやるから、やり方は任せる」というスタイルだったことも、自主性を後押ししてくれたとか。自分の経験から想像し、形にしていく仕事は、前職の「言われた通りに作るだけ」の日々とは対照的で、大きなやりがいにつながっていったといいます。予算が限られる中で内装家具の一部を既製品で購入せざるを得なかったことは、「家具職人として今もちょっと悔しい」と。それでも廃材を使って施設内の什器をアップデートしたり、家具制作の相談を受けたり。「自分の得意な働き方をさせてもらえた」という実感が、当時の日々の支え。ただ、転機が訪れたのは1年目が終わる頃。三笠館が完成し、事業フェーズが「作る」から「運営する」へと移って行った時期、清掃やカフェ業務、集客のことなど、家具作りとは異なる領域の仕事が増える中で、一度、転職を真剣に考えたそう。

その迷いを変えたのは、本社の役員陣が紀の川を訪れた際のひと言。「本当は家具が作りたくて」と正直な思いを伝えたところ、「きみを採用して大正解だよ」という言葉が返ってきたのです。「まだいける、もうちょっと頑張ってみよう」。そんな逡巡を経て、平日は三笠館の運営、休日は片道2時間かけて県内の龍神村という場所にある家具工房に通うという生活に。技術を磨きながら、運営業務にも次第に手応えを感じるようになっていったとか。カフェや宿泊、サウナなど三笠館を目当てに訪れる人たちとのつながりから、家具の仕事へと発展していく実感を得られたことが、紀の川に残る決意を後押ししました。「立ち上げから運営まで関わり続けることが、次の家具の仕事につながる」と。

リノベーションを経て生まれ変わった三笠館は、宿泊やカフェ・サウナを備える複合施設に

地域おこし協力隊全体では、なじめずに離脱する人も少なくないといいます。高齢化が進む地域の中で、「三笠館という大きな建物の改修や場の運営を、若い子が頑張ってくれていると思ってもらえている。孫のような存在として自然と受け入れられているのが嬉しい」——そんな地域との関係性の築き方。地方移住でよく耳にするような疎外感を味わうこともなく、可愛がってもらえたことは、「恵まれた環境なのかも」と振り返ります。

素材の循環と場に必要なこと…「家具」をハブに
「空き家を再生するなら、必ず家具が必要になる」——三宅さんの中では、家具作りと地域活性化がひとつの線でつながっています。地元の紀州材(ひのき・すぎ)を使って家具を作ることには、単に木材を仕入れて製作するのとは違う、地域のストーリーが宿っています。

紀の川のフルーツの木を使った三宅さんの作品。家具からアクセサリーまで幅広い

さらに三宅さんが目を向けたのが、紀の川市ならではのフルーツの木。桃や柿など、果樹農家が数年に一度の剪定で出す廃材は、これまで「お金を払って処分するか、そのまま放置するか」の選択肢しかなかったといいます。それを譲り受けて、箸やネックレスといった小物へと加工する仕事を個人として立ち上げ。処分費用がかさんでいた農家にとっても助かるし、地域内の小さな循環がここに生まれているのです。「紀の川市ってポテンシャルが高いんです」。大阪から1時間、関西国際空港からも40分という立地の良さも含め、まだまだ眠っているもの・こと・人の発掘ができる場所なのです。

任期を終えた今後は、三笠館での週3日のアルバイト勤務(夜間の運営管理やカフェの対応)をベースに、地元と和歌山市内の家具屋での修行、さらに知り合いの農家での手伝いを組み合わせながら、週3〜4日は自分の制作時間として確保していく生活を描いています。自治体の起業補助金も活用しながら、まずは自分の設備を整えていく計画とのこと。じっくり腰を据えて制作に向き合える環境ができあがっています。

最後に、こう話していました。「紀の川市まるごとショールーム化ができたらな」と。まちのあちこちのカフェや宿に、地元の素材を使った・廃材を循環させた自分の家具を置きたい。「三宅の家具を見たいなら、あそこのカフェに行けばいいと言われるような繋がりができれば」。三笠館は、その第一歩。外から家具を目当てに人が訪れ、まちにお金を落としていく。フルーツのみならず、多様な文脈で人の流れを生み出し、紀の川市に税収が回っていくきっかけになれたら、と三宅さんは話します。余裕が出てきたら、三笠館に置いてある既製品の家具も、少しずつ自作のものに入れ替えていきたいそうです。

「20年かけて形にしたい」と語る三宅さん。地域おこし協力隊という制度をきっかけに紀の川へ渡った家具職人が、この先どんな景色をまちに作っていくのか——彼の第二ステージ、三笠館を起点にした挑戦は、まだ始まったばかりです。

「まずは三笠館をまるごとショールームにしたいですね」と、笑顔で話してくれました

*三宅さんの作品は、こちらのInstagramから。

◼︎地域を編集し直す、フルーツのまち。紀の川市・粉河エリア、3年の軌跡とこれから
https://enjoyworks.jp/times/300/

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