まちや暮らしのあり方に、ひとつの正解はありません。地域や国が変われば、抱える課題も、そこに暮らす人々の価値観も異なります。住宅政策のあり方もまた、そのまち・地域・国により大きく異なるものです。何を課題と捉え、誰が主体となって解決を図るのか。その違いを知り、実際の現場に足を運ぶことで、研究や事業に多くのフィードバックを得る。まちづくりに取り組むうえで大切な視点だと考えます。
エンジョイワークスの活動拠点・鎌倉や三浦半島の運営施設に、企業や自治体が視察に訪れることは少なくありません。同時に、私たち自身も日本各地の先進事例に足を運び、現場から学ぶ機会を積極的につくってきました。そうした中、今回は機会を得て、海を越えた台湾の住宅事情を視察することになりました。2026年6月、代表取締役の福田和則と事業企画部の荘司桃子が、台湾の社会住宅を巡る4日間の視察に参加。そこで見てきたものと、浮かび上がった「気付き」をレポートします。
国内で進む賃貸住宅研究——視察のきっかけ
視察の入り口となったのは、一般財団法人住宅改良開発公社です。同公社は1955年の設立以来、賃貸住宅の融資保証や経営支援を通じて良質な民間賃貸住宅の供給を後押ししてきた団体。近年は「住まい・まち研究所」を拠点に、賃貸住宅とまちの関係を問い直す「あしたの賃貸プロジェクト」というシンポジウムや調査研究にも力を入れています。エンジョイワークスは現在、同公社と「共感コミュニティ賃貸」に関する調査も行っています。今回の視察は、公社とも連携し、建築計画や都市計画、集合住宅の再生などを専門とする千葉大学大学院の鈴木雅之教授の企画。住宅を拠点に、生活支援サービスや人と人とのつながりが相互に補完し合いながら、生活資源や価値が循環していく暮らしの仕組み——の現場を見て回ることが目的でした。
(一財)住宅開発改良公社ウェブサイト https://www.kairyoukousya.or.jp/
同公社による、「あしたの賃貸プロジェクト」ウェブサイト https://ashitanochintaipj.com/
*同プロジェクトでは、エンジョイワークスの視察や登壇の様子も発信
直接的な事例だけでなく、「社会住宅」と言われる施策やコリビング、共居、歴史的建築物の再生、コミュニティ形成型プロジェクトといった周辺領域の担い手にも触れながら、台湾の新しい都市ライフスタイルと、それを支える供給・コミュニティ形成・サービス統合の仕組みについて、理解を深めてきました。
「持ち家社会」台湾が描く、賃貸住宅の国策
賃貸住宅の視察なので、さぞかし賃貸の割合が高いのだろうと思ったのですが、実は台湾は持ち家率およそ86%。世界でも有数の「持ち家大国」なのだそう(日本は約60%、総務省「住宅・土地統計調査」より)。この国での「住宅」の位置付けは、暮らす場所であると同時に資産としての性格が強く、保有税の低さや資産価値の上昇期待、相続資産になるといった理由から、「家を買うこと」がひとつの人生目標になっています。一方で近年の住宅価格高騰により、若者が家を取得することは年々難しくなっています。これらは日本の状況とも近いかもしれません。
ただ、賃貸市場については少し様相が異なります。日本のような一棟賃貸マンションの供給は限定的で、分譲住宅の一室を個人オーナーが直接貸し出す「分譲賃貸」が中心とのこと。不動産事業者よりもオーナーの力が強く、日本のように管理会社に委託するようなケースはほとんどないそうです。持ち家率の高さとこうした賃貸市場の構造を抱える中で、台湾政府は、若年層や子育て世帯向けに直接家賃補助を支給し、経済的負担を軽減するセーフティネットを強化。そして、若年層や社会的弱者向けに相場の7〜8割の家賃で住める公営住宅の大量供給を進めています。それが「社会住宅」というカテゴリーの賃貸住宅です。
社会住宅を動かす仕組みと、その先にある課題
今回視察したのは、行政が旧市街地の中に建設した超高層の新築型「社会住宅」。行政が施設整備や制度設計を担う一方、建物管理は不動産事業者、コミュニティ形成はソーシャルデザイン企業、生活支援はNPOなどが担うケースもあり、それぞれが役割を分担しながら運営されています。運営会社は指定管理や委託、賃貸管理代行の報酬など、行政からの委託や制度に基づく収益を得ながら、互いに競合せず役割を全うする体制が、台湾ではすでに機能していました。印象的だったのは、社会住宅が「箱をつくって終わり」ではない点です。日々の運営そのものは民間や地域の担い手に委ねながらも、行政は入居制度や家賃制度の設計、事業の評価などを通じて関わり続けているようでした。

高層分譲マンション並みの高級感と立地の新築型「社会住宅」
案内を担った現地スタッフは総じて若く、企画力とフットワークの軽さが印象的でした。「トラブルもあるはずの現場を、深みも含めて楽しみながら運営している——そうした空気そのものが、台湾の社会住宅を支える土壌になっているのではないか」。そんなことを感じました。
ただ、新しい施策ゆえに課題もあるようです。旧市街地のすぐそばに超高層の社会住宅が立ち上がることで、街の風景には少なからず「落差」が生まれているように感じました。昔ながらの市場や路地の暮らしを好み、社会住宅への入居を望まない住民もいるといい、賑わいのある街並みをどのように残しながら住宅供給を進めるのか。旧市街地の生活感あるアジア的な街並みも人の営みのひとつであり、同行した視察メンバーからは、「あの風景は失われてほしくない」という声も聞かれました。住宅政策の進展と街並みの継承をどう両立させるかは、数十年前の日本の姿とも重なっているように感じます。
ほかに視察した事例も多岐にわたります。若者向けにシェアキッチンやコワーキングスペース、ラウンジを備え、「居住」をデザインされたサービスとして提供するライフスタイル・ブランド「Alife」。退役軍人宿舎をリノベーションし、多世代が交流できるコリビング住宅として再生した「璞園PURE共生住宅」。旧市街の空き家再生から始まり、社会住宅にコミュニティ運営サービスをインストールしているソーシャルデザイン企業「好伴社計」。老舗クリーニング店と高齢者福祉団体が共同で立ち上げ、日常の洗濯という行為そのものを高齢者と若者の接点に変えている「生活洗濯實驗室」。いずれも、住宅を起点にしながら世代や属性を越えて人がつながる「仕掛け」があちこちに見られました。

住まいを起点に、世代や属性を超えた交流やコミュニティ形成を促す多様な取り組みを視察
振り返り——エンジョイワークスに重なる視点
今回の視察を通じて浮かび上がったのは、「コミュニティは自然発生しない」という気付きです。台湾の事業者は、交流の場をつくるだけでなく、その先の人の行動まで設計し、必要であれば運営側が積極的に介入していました。振り返ると、エンジョイワークスが手がけてきたプロジェクトでは、住民同士の関わりをある程度住民自身に委ねることも多かったのですが、仕掛けのスイッチはある程度提供しないと、コミュニティとして深化しないのかもしれません。今回視察したケースのように、コミュニティ形成の設計図やベースラインをあらかじめ持ち、進捗を測りながら軌道修正していく仕組みのあり方も、大きな学びになりました。
また、話を聞いたソーシャルデザイン企業のように、行政・地域・住民の間に立ちながら仕組みをつくる存在は、エンジョイワークスの立ち位置と近いものがありました。好伴社計のように、いわば「まちづくり会社」的な存在が、行政や不動産事業者、NPOといった異なる担い手をつなぐ中核(ハブ)となっている構造も印象的でした。この会社が2012年に旧市街の空き家再生から始まったという成り立ちも含めて、社会的企業として地域に関わってきた歩みは、私たち自身の姿と重なる部分が多く、「まさか同じようなことをしている会社が他の国にもあったとは」という驚きと親近感も感じました。国は違っても、同じような課題に同じような発想で向き合う担い手がいる——それは今回の視察で得られた、もうひとつの発見でした。
こうした海外の取り組みを知ることの意義は、単なる事例収集にとどまりません。台湾で感じたのはまさに多様性。異なる人種構成や、ストレートに表現し合う現地の人々の様子に触れたことで、うまくいかない理由を人と人との関係だけでなく、もう少し根深いところにある特性からも捉え直す必要があるのではないか——そうした気付きも、今回の視察の収穫でした。
台湾の社会住宅は、日本より先を行く部分もあれば、これから制度を整えていく部分もあります。それでも、住宅を「暮らしの仕組み」として捉え直そうとする姿勢そのものは、エンジョイワークスが各地で取り組む地域づくりと、確かに重なるものです。今回得られた気づきを、「コミュニティ形成型の賃貸住宅」など、私たちがこれから取り組むプロジェクトに一歩ずつ活かしていけたらなと思っています。
◾️今回、視察を企画した千葉大・鈴木教授による台湾の文化的建築物リノベーションに関する情報サイト
https://www.tjcreativeculture.com/