ジモ泉という言葉を知っていますか?別府には、誰でも自由に訪れることのできる公共の温泉があります。さらに地域の暮らしのなかにある浴場も「ジモ泉」のひとつ。住民による「組合」が運営しており、誰でも利用できる共同浴場ではありません。その地域に暮らす人、あるいは組合の会員だけが鍵を持って通う、いわば地域限定の「みんなの温泉」。このまちには、数十ヵ所あるといわれており、観光ガイドには決して載らない、その土地に暮らして初めて出会える温泉です。その地域の住民が「出資金(入会金)」と「月会費」を支払って共同浴場を維持・管理するための制度で、掃除や管理も共同で行うことを前提にしています。
このたびオープンするTOJIHAUSシリーズ第3弾「003」は、まさにこのジモ泉のすぐ近くにある空き家をリノベーションした一棟貸しの宿。パタパタパタと数歩で「ジモ泉」に辿り着くという近さ。かつての住み人が使っていたように、この浴場を使えれば…。本来は、この地域に暮らす住民に限り組合員として登録できるのですが、TOJIHAUSの趣旨をご理解いただき、宿泊するゲストがこのジモ泉を特別に利用できることになりました。旅行者としてではなく、少しの間この土地の住人になったつもりで、地域の人たちと同じ湯に浸かる。それこそが、この家が体現したいと思っている「暮らすように泊まる」ということです。
◾️TOJIHAUSウェブサイト https://tojihaus.jp/

どこか懐かしい、素朴な佇まい。ジモ泉ごとに異なる表情なので、巡ってみるのも別府ならではの楽しみ方です
3棟目はちょっと昭和レトロの趣
「空き家を中長期滞在型の宿に」。この考え方は変わらないのですが、すべての空き家に大掛かりなリノベーションをすることを最優先とはしていません。間取りや水回りの配置を変える必要があるかどうか、それもポイント。別府市の北中(きたじゅう)という場所にあるこの家に足を踏み入れると、まず気づくのは「変わっていないこと」の多さかもしれません。玄関を抜けた先の台所、床の間のある和室、引き戸の建具――。大きく手を入れて新しくするのではなく、この家がこれまで纏ってきた時間を、できるだけそのまま残す。そんな方針でリノベーションを進めてきました。

写真上段はTOJIHAUS 003のBefore、下段がAfter。リノべーション前の趣を残したしつらえ
古いものを壊さず活かしながら、そこにセンスのあるインテリアを重ねていく。木製の建具はそのままに、内窓には和紙のブラインドを合わせる。使い込まれた欄間は、仕上げだけを張り替えて表情を残す。畳の和室はそのままの佇まいで、隣の洋室は床をフローリングに変え、暮らしやすさを補う。お風呂や玄関のタイルはレトロな配色の味をそのままに。「古いから直す」のではなく、「古いからこそ、活かす」。派手さはなくても、暮らしてみるとじわじわと滋味深い。そんな「滞在拠点」を目指しています。

使い込まれたタイルやガラスが残る空間。別府の記憶に包まれながら、暮らすような滞在を
鍵を開け、湯を汲み、鍵を閉めて帰る
実際にここから「ジモ泉」に足を運んでみると、思いがけない出会いもあったようです。事前の準備でここに滞在していたスタッフが、自分も体験しようと浴場に行ったのですが、桶で髪を洗うのに少し戸惑っていると、近所のおばあちゃんが「あら、引っ越してきたの?」と声をかけてくれて、湯の入り方や地域のルールを教えてくれたとのこと。市営温泉では決して味わえない、暮らすように別府に触れる時間が、そこには流れています。
家に帰れば、古い建具や畳の匂いが、その日一日の記憶と一緒に体に残っている。少し歩けば、地図には載っていない、地域の人だけが知るジモ泉がある。そのどちらもが「特別に用意された体験」ではなく、もとからこの土地にあったものだという事実が、何より贅沢なのだと思います。私たちが手を加えたのは、家をきれいに見せることではなく、その土地が元々持っていた豊かさに、ゲストが自然に触れられる回路をつくることでした。
古い家を、そのまま活かす。地域のジモ泉に、そこに暮らしているように浸かる。ふたつの「そのまま」が重なる場所に、TOJIHAUS003は生まれようとしています。オープンの折には、ぜひこの家で、観光地としての別府とはまたひと味違う、もうひとつの日常を体験してみてください。きっと、旅の記憶に残るのは、大きな観光スポットよりも、湯に身体を委ねて、近所の方と会話した夜のことかもしれません。