神奈川県葉山町。都心から電車や車で1時間程度、相模湾に面した穏やかな場所です。明治中期に葉山御用邸が造営され、その時期と前後して、皇族・華族や政治家、財界人、軍人、学者、文士などが別荘を設けました。「別荘」ですから、少し奥まったところにひっそりとあり、その別荘だけに至る小さな道(いわゆるこみち)が多いのも特徴。海辺の開放感と奥ゆかしさ。これらをまとめて「別荘文化」の歴史がある町なのです。ただ、年月を経てそれらの別荘は持ち主が代わったり、取り壊して宅地造成されたり、いま、まちに残るいわゆる「旧別荘」はわずか。さらに、経年による修繕や維持管理など、それぞれ課題を抱えています。
葉山町にある唯一の皇族別荘、「旧東伏見宮葉山別邸」もそのひとつ。1914(大正3)年に東伏見宮依仁親王の別邸として竣工しました。親王はイギリスやフランスに留学後、海軍軍人として、横須賀鎮守府の初代長官も務めていて、三浦半島にも縁のある方です。建物は、木造2階建てで銅板葺。緑青と言われる銅が酸化した深みのある色の屋根と白色の端正なドイツ下見板張りの外壁が特徴的。風格ある外観に大きな窓と海見えの廊下(サンルーム)など、随所に威厳と優雅な意匠があります。親王の没後も別荘として機能しましたが、戦後、イエズス孝女会による管理運営に引き継がれ、修道院として使われていました。隣には同会が運営する幼稚園の園庭があるので、園児や卒園児、保護者には馴染みの存在かもしれませんが、常に公開されているものではなく、「知る人ぞ知る」建物なのです。
地域の「みんな」の力で守りたい!
2017年には国登録有形文化財に指定され、今年で竣工110年。イエズス孝女会がなんとか守り継いできましたが、古い建築物がぶつかる大きな壁、維持管理の課題に直面しています。資金面でも負担が大きく、かつては解体の選択肢も浮上していたとか。そこで地元の別荘文化を後世に伝えるべく活動しているNPO法人葉山環境デザイン集団や建築の専門家、地元プレイヤーなどと手を取り合って、保存に関する寄付金の運用や資金調達、実際の保全を手掛ける団体(一般社団法人La Casa Blanca Hayama)が立ち上がりました。私たちもその一員として活動しています。
NPO法人葉山環境デザイン集団代表、高田明子さんのインタビューはこちら
https://enjoyworks.jp/times/070/
この活動にはさまざまな視点があります。洋風建築の雰囲気を保った唯一の遺構をどのように活用するのか。現存する数少ない“かつて”の別荘の保全への「共感」を集めるにはどうすればいいか? 保存活用に付き物の「資金」をどのように調達するのか? これらの現存する別荘に関連する葉山の文化をどのように伝えられるのか? などなど。角度や視点を変えると、歴史だったり建築だったり、深掘りする要素がたくさん存在します。さらに、建物そのものの維持だけでなく、使い継ぐ方法や手法も「先を見据えて」いなければなりません。
私たちはいま、施設公開やイベントなどの企画を通して、町内外の多くの方に関心を持ってもらえるよう、知恵を巡らせているところ。日常の中に別荘文化の“残り香”がある葉山町で、身近ながらも遠い存在だったこの建物が、普段の生活をちょっと引き立てる――そんな場にしていきたいと思っています。
葉山町による旧東伏見宮葉山別邸紹介
https://www.town.hayama.lg.jp/soshiki/shougaigakushuu/7/1/8389.html
旧東伏見宮葉山別邸LINEページ
https://liff.line.me/1645278921-kWRPP32q/?accountId=213jwejr