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受け継ぎ、手渡す。三浦半島の文化を紡ぐ「MIURA CHRONICLE」

New Topics 公開日:2026/11/03

今日、11月3日は「文化の日」です。なぜ「文化」の祝日なのか、あまり深く考えることはないかもしれませんが、この日は「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」(日本国憲法が公布された日で、戦前は明治節と呼ばれていました)。文化勲章の親授式も行われますし、各地の美術館や博物館でも記念の催しが開かれます。日本の文化にあらためて目を向ける一日、という訳。そんな「文化」の日とエンジョイワークスに、どのような関係があるのか?

先ほどから何回も出てくる「文化」という言葉。日本の「文化芸術」の振興や文化財の保護を担う省庁が文化庁です。エンジョイワークスの代表福田は今年3月、文化庁が主催したイベント「建築文化サミット」に登壇しました。テーマは、まちづくり × ビジネス × デザイン。建築文化を起点に、文化と経済の好循環をどう生み出すか。近現代建築の保存・活用の最前線で活躍する実践者が集い、歴史的価値と現代的価値をつなぐヒントを議論する場でした。
◾️「建築文化」を国が本気で考え始めた。文化庁主催のサミットで代表・福田が伝えたかったこと https://enjoyworks.jp/times/280/

古い建物を残すことは、単に「モノ」を保存するだけではありません。その建物が見てきた時間や、土地に暮らしてきた人々の営みごと受け継ぎ、今の暮らしや経済の中に活かしていく。エンジョイワークスが古い建物の再生を通じて向き合ってきたのも、まさにこの文脈でした。まちづくりと、文化や歴史を紡いでいくことは、根っこでつながっている。そしていま、その視点を地域の歴史そのものへと広げる取り組みを始めています。

文化庁の補助事業として、三浦半島の武家文化を伝える
エンジョイワークスは今年、文化庁の補助事業「日本博による地域固有文化コンテンツ創出補助事業」に採択され、三浦半島の文化を国内外に発信するプロジェクトをスタートさせました。*正式事業名は「三浦半島に息づく鎌倉武家文化と暮らしの美意識を体感する広域滞在型文化体験創出事業」

「日本博」は、「日本の美と心」をコンセプトに、文化庁が中心となって進めている国家的なプロジェクトです。2019年に始まり、大阪・関西万博を契機とした「日本博2.0」へと引き継がれてきました。各地に眠る文化資源を磨き上げ、その魅力を国内外、とりわけ海外から訪れる人たちに届ける。そして、文化を起点に地域へ人を呼び込み、地域の経済や暮らしを元気にしていく。そうした各地の取り組みを、国が後押しする事業です。
◾️文化庁「日本博」ウェブサイト https://www.bunka.go.jp/seisaku/nihonhaku/index.html

私たちが取り組むテーマは、三浦半島の「武家文化」。プロジェクトの核となるキーワードを「MIURA CHRONICLE(ミウラ・クロニクル)」としました。今も続く三浦の年代記、という意味。なぜ三浦半島なのか。これにはちょっと説明が必要かもしれません。

鎌倉幕府は、「鎌倉の地だけで成りたっていた」のではない
三浦半島は、東京湾と相模湾に挟まれた半島で、横須賀市・逗子市・葉山町・三浦市、そして鎌倉市で構成されています。エンジョイワークスの本社もある鎌倉というまちが「歴史的にどういう場所なのか」は、改めて説明は要らないかもしれません。ただ、鎌倉の地だけで全てが完結して幕府が生まれた訳ではないのです(詳しくは2022年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」をご覧になるといいかと!)。

鎌倉を支えた三浦一族ゆかりの歴史が残る三浦半島。寺社や海辺の風景には、武士たちの足跡が残されています

鎌倉幕府を開いた源頼朝を支えたのは、三浦半島を本拠地とした武士団・三浦一族でした。初代の侍所別当として幕府の中枢を担った和田義盛も、三浦一族の一人です。彼らは平安時代の終わりから、海に囲まれたこの半島を拠点に、水軍として海の道を押さえ、頼朝の挙兵をいち早く支えました。幕府が開かれてからも有力な御家人として鎌倉を支え続けます。やがて北条氏との争いのなかで三浦氏の本家は滅びますが、彼らにゆかりのある寺社や地名、伝承は、今も半島のあちこちに残っています。

鎌倉というかつての都は、その東にある三浦半島という土地と、そこに生きた人々があって成り立っていました。海の道、山の恵み、武士たちの祈りの場。鎌倉の歴史をひもとくと、その先には必ず三浦半島が現れます。

ところが今、鎌倉には国内外から多くの人が訪れてあふれる一方で、その「背景」である三浦半島に足を運ぶ人はまだ多くありません。武家の時代の痕跡が、観光地として整えられた形ではなく、暮らしや祈りの中に今も息づいている。それが三浦半島の面白さなのに、まだ知られていないのです。

なぜ、エンジョイワークスが取り組むのか
私たちは、鎌倉・逗子・葉山・三浦・横須賀といった三浦半島のまちで、古い建物を受け継ぎ、地域の人たちと一緒に場をつくってきました。さまざまな建物に関わるなかで見えてきたのは、この土地が重ねてきた時間の厚みです。明治以降、御用邸ができたことで皇族や華族の別荘地として栄えた葉山。「西海岸」と呼ばれる、富士山を望む横須賀の海辺のまち。風景の美しさはもちろんですが、そこには鎌倉幕府の誕生を支えた武士たちが拠り所にした場所が点在しています。

歴史を知ることで、見慣れた風景にも新たな発見が。三浦半島の魅力を再発見し、まちへの愛着を深めるきっかけに

三浦半島の武家文化も、そうした土地の物語の一つです。800年以上前の出来事が、寺や神社、地名、風景のなかに今も息づいている。この「日本博2.0」という機会に、それを掘り起こし、外から訪れる人にも、ここで暮らす人にも「だからここに来たんだ」「だからこのまちが好きなんだ」と感じてもらえる入り口をつくりたい。それが、私たちがこのプロジェクトに取り組む理由です。

最初の入り口は「祈り」から
MIURA CHRONICLEは、「寺社を訪ね、武士たちの祈りに触れる」「海と山の恵み、三浦の食を味わう」「武士たちが行き交った道と風景を歩く」の3つの章で構成しています。その最初の章が「祈り」。11月の後半には、海外からのゲストを迎えたモニターツアーも企画しています。

訪ねるのは、1180年に源頼朝が創建したと伝わる葉山町の森戸大明神と、運慶仏が5体祀られている横須賀・芦名の浄楽寺です。ツアーづくりに向けてお話を伺うなかで、印象的な言葉をいただきました。「神社は本来、願いごとをする場所ではなく、感謝をする場所なんです」(森戸大明神 宮司)、「仏様は、願いを叶えてくれる存在というより、願いを『預ける』存在なんです」(浄楽寺 副住職)

神社では感謝を捧げ、お寺では願いを預ける。かつての武士たちは、その両方を大切にしながら生きてきた。浄楽寺の運慶仏が800年もの間、博物館ではなくお寺に残り続けてきたのは、人々がずっとそこに祈りを預け続けてきたからだと副住職は言います。「文化」は、ガラスケースの中だけでなく、こうした日々の営みのなかで脈々と受け継がれてきたものなのです。

建物も、まちも、きっと同じなのだと思います。そこにどんな時間が流れてきたのかを知り、次の誰かへ手渡していくこと。その「文化」の積み重ねが、まちの年代記に新しいページを書き加えていくのかもしれません。

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