横須賀というまちを歩いていると、ふと不思議な感覚に襲われる瞬間があります。港には米海軍や自衛隊の艦船が停泊し、まちなかには英語の看板やアメリカンな食文化、香りが当たり前のように溶け込んでいる。かと思えば、坂道を一本入れば昔ながらの商店街があり、静かな住宅地が広がっています。
「外」を取り込んできたまち
(話はちょっと逸れますが)歴史を辿ると江戸初期、この地に流れ着いた英国人航海士ウィリアム・アダムスは、三浦按針として徳川家康に重用され、ここに領土を得ました。そして幕末、小栗上野介がフランスから指導を受けて築いた横須賀製鉄所は、日本の近代化の出発点のひとつ。黒船来航をきっかけに開国の窓口となった横須賀は、異なる文化を排除するのではなく、いち早く取り込みながら形を変えてきた歴史を持っています。開国、近代化、そして戦後は基地のまちとして、横須賀は幾度となく「外」からやってくるものと向き合い、それを受け入れながら、日々を積み重ねてきました。

海や畑、港、商店街。異なる風景や文化を受け入れながら、独自の表情を育んできた横須賀のまち
◾️横須賀市の「よこすかルートミュージアム」ウェブサイト
https://routemuseum.jp/
つまりは、いくつもの「異なる時間」と「異なる文化」が同居している—そんな「多様性」が、横須賀という土地の面白さ。田浦の高台に立つ月見台住宅*は、そうした横須賀らしさが自然と息づく場所です。かつて労働者とその家族の暮らしを支えた市営住宅は、2020年に廃止以降、一時は地域課題の象徴のような存在になっていました。市との官民連携によって「なりわい住宅」として再生の道を歩み始め、2025年の半ばからは飲食店や物販、工房、アトリエなどが少しずつ灯りをともし始めています。

店舗が続々とオープン。サインや施設看板も加わり、彩りが生まれています
◾️月見台住宅*ウェブサイト
https://tsukimidai.com/
月見台住宅*という縮図ー「交わる場としての拠点」
その価値は、単に「空き住戸に人が戻った」ということだけではありません。ここに集まる人たちは、もともとの属性も背景もばらばらです。地元で長く商いを続けてきた人、都心から移り住んできた人、ものづくりに携わる人、それぞれが「なりわい」という緩やかな共通言語のもとで隣り合わせに暮らし、働いている。異なるものが排除されずに並んでいる状態そのものが、場の個性になっているのです。
そしてもうひとつ、月見台住宅*が果たしている役割があります。それは、本来なら交わる機会の少ない立場の人たちが、自然に顔を合わせる「拠点」になっているということです。これまでも、入居予定者によるマーケットや、開業前の店舗を巡る見学会などを通じて、投資家や地域住民が丘の上で行き交ってきました。8月には、入居者有志が自らの手で「イロイロナイトマーケット」を企画し、古着屋の隣にアート、切子硝子の向かいに革小物、日本酒の数軒先ではドイツビール、そこにアメリカンなコーンホールゲームまで並ぶという、まさに横須賀らしい「多様性」が生まれていました。暮らす人・商う人自身がこうした場をつくり出す——その積み重ねが、月見台住宅という場所を少しずつ育てています。

先日開催された住民主催のイベント「イロイロナイトマーケット」。あいにくの天気でしたがギュッと詰まった賑わいに
「多様性」という言葉は、ともすると抽象的なスローガンになりがちです。けれど月見台住宅にあるのは、理念としてではなく、もっと具体的な光景です。軒先でコーヒーを淹れる人の隣で、誰かが焼き菓子を並べている。言葉も背景も違う人たちが、同じ坂道を上ってきて、同じ景色を見上げる。境界線を引かずに、違いをそのまま置いておける場所。それが、この丘の上に生まれるのだと思います。
歴史と文化を深く知る「DIGGING TSUKIMIDAI」
そんな積み重ねの先に、月見台住宅の2年目の節目を祝う「月見祭2026」を10/24、25に開催します。テーマは「BONBON TSUKIMIDAI」——食も、体験も、盆踊りも、月見台で、ぜんぶ BON APPÉTIT(ボナペティ)!。月見台住宅のあるエリアのツアーやワークショップ、盆踊りなどを通じて、入居者同士や地域への「関わり」からこのまちの魅力を発見してもらう一日にしたいと考えています。地元の田浦木遣り囃子保存会、横須賀民謡普及会にも名を連ねていただいています。
今回はふたつのレイヤーで楽しめる構成。ひとつは、遠方からの来場者に向けた「DIGGING TSUKIMIDAI」。「DIGGING」とはわかりやすくいうと「深掘り」という意味。家臣の屋敷から砲台の兵舎、市営住宅、そして今の月見台住宅へと続く、横須賀&田浦の文化と歴史を深く知る体験です。23日・24日には、電車の引込線やレンガ倉庫、トンネル、砲台跡など、JR田浦駅周辺から旧兵舎としても利用されてきたこの地域の歴史を歩いて学ぶ「田浦近代化遺産散策」。24日は、月見台住宅に入居する工房の活動を体験できる「工房・店舗ツアー」も予定しており、金継ぎやハーブ、刺繍や古着のリメイクなど、暮らしの手仕事に触れることができます。

世代を超えて人が集う場所に。地域の文化の継承やつながりが生まれています
もうひとつは、地域の方々を中心に誰でもふらっと参加できる「WELCOME PROGRAM」。25日は、田浦木遣り囃子保存会が年に一度の天王祭で毎年奉納している「獅子舞」を、特別に披露してくれます。そして「BON DANCE(盆踊り)」は、飛び入り大歓迎。スカジャンや浴衣、ハロウィン仮装での来場も歓迎しながら、皆で盆踊りを楽しめたらいいなと思っています。また、鎌倉時代から変わらないであろう東京湾の眺望を「ごちそう」にお茶を一服いただく「夕方の野点」も用意しています。
これらの企画の背景には、入居者同士の交流を深めること、地域との接点をさらに強くしていくこと、そして「横須賀というまちを支えた文化」を対外に発信していくという狙いもあります。60年の間住み継がれてきた旧市営住宅と、そこに集う多様な人たちが織りなす一日を、ぜひ丘の上で体感していただけたら嬉しいです。
◾️月見台の日々や入居者インタビューを発信しています。
月見台住宅*Instagram https://www.instagram.com/tsukimidai_yokosuka/
◾️“急がない”地域の育ち方──横須賀・月見台住宅*が問い直す「活性化」(公開日:2025/05/19)
https://enjoyworks.jp/times/296/