通勤途中の街路樹の色。駅前の看板の統一感。古い町並みと新しいビルの共存のバランス。こうした日常の中で目に入る風景について、私たちはふだんあまり意識していません。でも、こうした何気ない風景を「美しい」と感じるのは、実はどこかで誰かがそれを守ろうとしているからかもしれません。建築物の色彩、高さ、素材。街路の統一性。自然と人工物の調和。こうした視覚的な美しさが「景観」です。
戦後の日本は、高度経済成長の名の下で大規模な景観破壊を経験しました。例えば東京では、富士見坂から富士山を眺望する視線は失われ、由緒ある「日本橋」の上に高速道路が走り、渋谷川は暗渠化され、建築物が乱立しました。国内を見渡すと、1960年代後半から、歴史的街並みを守りたいという地域の声が上がり始め、金沢市と倉敷市が1968年に制定した「伝統環境保存条例」「伝統美観保存条例」が日本初の本格的な景観条例となりました。その後、京都市、高山市、萩市など、歴史景観のあるまちが次々と自主条例を策定。2004年に景観法が制定されるまで、景観保全は各自治体の自主的な取り組みに頼ってきたのです。
こうして初期の景観条例を定めた自治体には、共通の理念がありました。高度成長期の乱開発から歴史的街並みを守りたいという市民運動が原動力で、「景観は世代を超えて継承すべき共有財産」であり、そこには必ず「人々の営み」が伴う——という認識です。古都保存法の適用外で、各地が主体的に自主条例を制定したのも、この価値観を守りたいという強い意志の表れでした。

京都や倉敷など「歴史的街並み」を保存する動きが景観条例制定のきっかけ。現代に続く「日本らしさ」のひとつ
新しい課題への挑戦——射水市内川の選択
こうした景観条例の歴史を踏まえ、いま富山県射水市が「情景条例」の策定に取り組んでいます。「景観」ではなく「情景」。この一見小さな用語の違いが、地方都市のまちづくりの新しい可能性を示しています。
景観条例は、建築物の色彩・高さ・素材といった視覚的な秩序を守る制度です。その本質は「見た目の統一性」を維持すること——規制としてのルール化です。一方「情景」は、単なる視覚的情報を超えています。歴史、文化、そこに生きた人々の営み、感情的な記憶を含みます。景観が「見えるもの」を整える概念だとすれば、情景は「そこに流れてきた時間や営み」まで含めた概念です。射水市(内川)の場合、漁船が往来する港の光景、潮の香り、世代を超えて続く漁業という営み——目に見えるもの、見えないもの、両方を保全・継承する考え方です。
景観条例は「場所をコントロールする」ことが目的でしたが、情景条例の意図は「場所の本質的な価値を言語化し、それを共有する」ことにあります。本来のまちづくりは、場所の価値を「理解する」ことから始まるはずです。景観条例は、その後に位置づけられるツール。しかし多くの自治体は、戦後の危機的状況の中で、ルールありきで出発し、その背景にある物語や価値観は後付けされてきました。内川が「情景」という視点に至ったのは、この本来的なプロセスへの問い直しでもあるのかもしれません。
射水市が2024年7月に設置した「内川未来戦略会議」。産業界、観光、地域づくりの専門家らが参画し、内川の将来像と戦略を言語化しました(エンジョイワークスの福田も委員として参加)。同会議が昨年まとめた報告書では、このエリアビジョンを「わざわざ暮らしたい奇跡の湊町、内川」と定義し、4つの戦略のうち第2番目に「内川の情景を未来につなぐ」を掲げました。内川は江戸から明治にかけての建物が運河沿いに立ち並び、古い商家や塩漬けの製造所が今も営業を続けています。富山湾で漁獲した鮮魚を塩漬けにして全国に販売した交易拠点としての歴史も。近年は観光地・移住先として注目が高まっており、古い建物がカフェやギャラリーに生まれ変わり、関係人口も増えています。
内川未来戦略会議について(射水市ウェブサイト)
https://www.city.imizu.toyama.jp/guide/svguidedtl.aspx?servno=52490

運河のある情景とそこで育まれた文化や産業。「また訪れたい情景」をどのように守り継いでいくか
しかし同時に課題も見えます。観光化・商業化の波に飲まれ、内川らしさが失われていくリスク。新しい投資が入るたびに、施設の色や形式が統一され、かつての個性が薄まる——全国の観光地で繰り返されてきた現象です。重要なのは、内川が直面していたのは「不規則な開発を止める」という通常の景観課題ではなく、「変化の中でも本質的な価値を失わない」という別次元の問題だったということ。その秩序の意味を誰もが理解し、共有できているか——が、課題でもあったのです。
「稼げる観光」へのアプローチ
昨年の同会議での報告書では「稼げる観光」「関係人口の拡大」「地域経済の好循環」もトピックとして掲げられています。つまり、内川の情景をいかに経済価値に転換するか——が問われているということ。例えば、映画や小説の舞台になると、その地域を訪れたくなる。理由は、その場所が持つ「物語性」「情景」に惹かれるからです。「内川という情景」が来訪者の感動を生み、そこから経済活動が誘発される。宿泊、飲食、土産物購入、さらには移住という選択まで、情景への共感が消費行動へ結びつく期待をもっているのです。
通常の景観条例では、この「ストーリー」まではなかなか規制できません。建物の色は決められるが、その建物がなぜそこにあるのか、どのような営みが行われてきたのかは、条例の範囲外。だからこそ同市が選んだのは、「情景」を条例化することだったのです。その仕様には「情景(≒景観)のルールづくりや内川の価値の言語化・共有、漁船などの象徴資産の維持・活用等」と明記されており、つまり、規制(ルール)と価値の言語化・共有を、同時に進めていく方向性です。
地域特性を活かしたまちづくりへの転換
もう一つ、別の視点があります。情景条例は、中央集権的な規制から地域主権的な戦略への転換の象徴ではないか、ということ。色彩基準、高さ制限、壁面後退——景観法の枠組みの中で有効ではあるのですが、その自治体にしかない個性は管轄外です。内川の情景条例は、そこにしかない価値を主体的に定義し、それを「ルール」として制度化しようとしている。これは、地方自治体が国の枠組みの中で最大限、自分たちの地域特性を活かそうとする試みとも言えそうです。
そこで重要なのは、内川のアプローチが「保存」ではなく「継承」を目指しているという点。古い建物を博物館化するのではなく、滞在体験、飲食、宿泊といった営みの中で活かし続ける。漁業という産業そのものも生きたまま伝えていく。それを「情景」として言語化し、共有し、新しい来訪者や事業者を引き込んでいく。情景条例が示唆するもの——それは、まちづくりの本来的な意味ではないでしょうか。規制や保存ではなく、地域の人々の営みが続き、その営みに新しい参加者が加わり、世代を超えて場所の価値が共有される状態をつくること。戦後の「破壊」から始まった景観という概念は、ようやく「共生」「継承」へと進化してきた。その先端に、情景条例制定という挑戦があるのだと考えています。
◼️観光地を越える、「漁泊」プロジェクト。富山県・内川で始まる新たな“港町”の可能性(2025/5/27:ENJOYWORKS TIMES記事)
https://enjoyworks.jp/times/180/