築100年近く、昭和前後に造られたかつての邸宅。所有者や遺族から、自治体に寄贈されるケースがあります。当時の意匠が残る歴史的な建造物や庭園など、大切に守っていきたいものですが、譲り受けた「その後」をどうするか。それにはたくさんのハードルがあります。耐震や老朽化の対策など、建物を維持するための技術と資金が必要ですし、そもそも、その邸宅・家屋をどのように使っていくのかを、考えなければなりません。自治体に所有者が変わるということは、「市民のもの」として、維持管理や運営をしていくことになるのです。
鎌倉市の西御門にある旧村上邸は1939(昭和14)年以前に建てられた和風木造住宅。能舞台や茶室があり、1999年に、市の景観重要建築物に指定されました。2016年に土地と建物を所有者の村上梅子さんから遺贈された鎌倉市は、邸宅の市場価値や活用手法等を探る対話型市場調査を実施しました。このエリアは、近隣に源頼朝や北条義時の墓があり、静かで落ち着いた住環境を市や住民の方々が守ってきたという経緯もあります。そこで、「閑静な周辺環境を守りつつ建物を活用」「公的不動産の利活用を、新たな時代の官民連携で取り組む」「パブリックマインドを持った民間の活用に委ねる」という方針に決まりました。これをもとに行った「公募型プロポーザル」で、私たちエンジョイワークスが選定されました。
能舞台では講演会やyogaのレッスンも(写真左)、厳かかつ開放的な空間の使い方は多様
この事業は、所有者である市と地域住民、エンジョイワークスとの共創。私たちは公募が始まる前から、独自に「鎌倉市有・旧村上邸の活用を考える会議」を開いたり、「旧村上邸アップデートプロジェクト」と題したイベントを何回も催したり。市民・地域住民を含めて関心のある「仲間」を増やしていきました。改修・運営予算を賄うため、エンジョイワークスの不動産投資ファンド「ハロー! RENOVATION」を活用。投資やイベントなど、市民参加型で施設を“共”に“創”ってきました。現在は、「旧村上邸―かまくらみらいラボ―」の名称で、地域の人たちや団体の利用のほか、企業研修の場としてもスポットを当て、古都・鎌倉の立地を活かした活用を展開しています。
自治体との関係性は、保存活用事業者という立場だけではありません。「旧村上邸」の活用は鎌倉市のSDGsのモデル事業。市が提唱する「SDGs未来都市かまくら」での“SDGsのショーケース”の役割を担っています。古都鎌倉の環境を保全する・鎌倉で働く、鎌倉の人々と働くことが増える・鎌倉に住む人や関係人口が増える。そうした、地域の人や場の循環――。「みらいラボ」という名称にはそんな意味も込められているのです。
四季折々の自然にも触れられます(写真左)、SDGsイベントでの入口の様子(同右)
2020年には、持続的なまちづくりの仕組みを波及させるSDGsの実践事例として、第17回土地活用モデル大賞(主催:一般社団法人都市みらい推進機構、後援:国土交通省)で「都市みらい推進機構理事長賞」を受賞しました。鎌倉市とエンジョイワークスが共同で応募したもので、公民連携による、PRE(公的不動産の活用)による土地の利用、持続的な運営の仕組みの構築が評価されました。
鎌倉市は、歴史的建造物が保存活用される機会を増やすため、売却等を検討する所有者と、利活用を希望する人とを橋渡しする制度を創設していますが、建物の外観を保存し、まち並みを守りながら、地域の景観も保全する――という課題は、自治体だけが背負うものではありません。私たちと市との取り組みは、一つの好例。市の負担は耐震工事費用のみで、賃料収入を得られる形も実現しています。言い換えれば「三方よし」の関係。財政面・人材面のハードルも知恵を出し合い、共創で乗り越えていく。私たちが運営を始めてもうすぐ5年。これからも地域と、自治体と共に「みらい」を作っていきたいと思っています。
旧村上邸―かまくらみらいラボ―
https://kamakura-mirai-lab.com/
鎌倉市 旧村上邸紹介ページ
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/keikan/ks18-1.html