旅行先やまち歩きで、印象に残る場所はどんなところでしょうか。古い建物に足を踏み入れたとき、守り継がれていることに驚きや感銘を受けたことはありませんか? 積み重ねた時(とき)がにじみ出ている建物、意匠の光る佇まい、時代を表している空間。不思議と落ち着いたり、時間の流れがゆっくり感じられたりする。そんな経験がある方も多いかもしれません。一方で、不動産やまちづくりの現場にいると、こうした由緒のある建物について「古くて管理が大変」「活用を考えることはできるのか」という相談を受けることが少なくありません。文化財や歴史的建築と呼ばれる建物の多くは、「大切だとは思うけれど、どう扱えばいいのかわからない存在」になっています。
「守る」から「使いながら守る」へ。文化財をめぐる考え方の転換期
これまでは、そうした建物をめぐる議論は、「守るか、壊すか」という二択で語られることが多くありました。けれど本当に、それだけしか選択肢はないのでしょうか。使われなくなった瞬間から、価値は失われてしまうのでしょうか。実はいま、文化財を取り巻く考え方が大きく変わり始めています。
「保存する」だけでなく、「使いながら守る」。文化財を地域の資源として捉え、暮らしや仕事、まちの未来とつなげていこうとする動きが、国の制度や各地の現場で広がっています。 国内には、国が登録・指定する文化財が数多く存在します。建物単体を対象とする登録有形文化財は全国で約1万3,000件。町並みとして価値を守る重要伝統的建造物群保存地区は全国で120地区以上にのぼります。これに県や市といった自治体が管轄している文化財もあります。こうした数字からも、文化財は一部の特別な存在ではなく、各地の暮らしのすぐそばにあることがわかります。
ただ、そのすべてを「保存するだけ」で維持していくことは、現実的に難しくなってきました。人口減少や高齢化、担い手不足、建物の老朽化が避けられない中で、それら文化財もまた、使われなくなれば急速に存在感を失ってしまいます。こうした課題を背景に、文化庁は近年、「文化財保存活用地域計画」の策定などを通じて、単体で守るのではなく、地域全体の中でどう活かすかを重視する方針を打ち出しています。また、「文化観光推進法」の制定などにより、文化財を観光や交流、地域経済と結びつける動きも進められてきました。さらに、国土交通省では「地域の歴史・文化や景観・環境等の地域固有の魅力に根ざすまちづくりの推進」の方向性を打ち出しています。
共通しているのは、文化財を“地域の中で役割を持つ資源”として捉え直そうとする姿勢。建物を残すことそのものよりも、人が関わり続けることで価値を更新していく。そのための制度設計が、少しずつ整いつつあります。
地域の財産を、未来につなぐために。文化財と向き合う私たちの視点
こうした流れが打ち出される以前から、エンジョイワークスはこれまで、文化的価値を持つ建物や歴史ある空間の活用に数多く関わってきました。文化財指定の有無にかかわらず、全国で歴史的建築物のストック活用、再生アイデア創出の現場に携わり、「どう使い続けられるか」を現場で考え続けています。
実際に文化財支援として取り組んでいるのは8件。その象徴的な事例のひとつが、葉山町にある国の登録有形文化財「旧東伏見宮葉山別邸」です。皇族の別邸として建てられたこの建物は、葉山の自然と調和した佇まいと、時代を映す建築として高い価値を持っています。一方で、国の文化財であるこの施設が抱えていた老朽化と継承という課題に対して、私たちが示したのは「地域の方を巻き込んで取り組む」という姿勢。この場所で大切にしてきたのは、「守るために閉じる」のではなく、「使うことで開いていく」という考え方です。地元の方の知恵や見識を借り、ファンドで資金を募り、「利活用と継承」という道筋を開きました。建物の歴史や空気感を守りながら、一棟貸し宿泊施設として、企業研修、チームビルディング、ウェディングといった用途を提案しながら、人が集い、時間を共有する場として再編集しています。

写真左から、エンジョイワークスが運営を手掛ける旧東伏見葉山別邸、平野邸。写真右は、不動産事業者として仲介した国登録有形文化財の旧足立邸
□旧東伏見宮葉山別邸 https://bettei-hayama.com/
大きく手を入れるのではなく、用途と関係性を更新する。そうすることで、建物は“特別な文化財”から、“体験として記憶に残る場所”へと変わっていきます。訪れた人が空間そのものに価値を感じ、また別の誰かに語りたくなる。その連鎖が、文化財としての価値を日常の中に戻していくのだと考えています。
そして、もうひとつの事例が、重要伝統的建造物群保存地区(国選定)での取り組みです。建物単体ではなく、まち並み全体の文脈の中でどう活かしていくか? 活用のアイデアコンテストのほか、北海道の函館では重伝建地区にある明治築の伝統的建造物(旧守屋住宅)をファンドを使って交流・滞在、地域文化に触れる場として再生している例があります。
□【函館・歴史的建造物の継承ファンド】函館でチャレンジ。伝統建造物を小商いで未来につなぐ
https://hello-renovation.jp/renovations/13501
*このほか、国の文化財ではありませんが、鎌倉市の景観重要建築物「旧村上邸」ではファンドを使って建物の補修と維持管理を行い、地域拠点や企業利用の場として2019年から運営を手掛けています
□旧村上邸―鎌倉みらいラボ― https://kamakura-mirai-lab.com/

函館の旧守屋住宅。エンジョイワークスは資金調達などでサポートした。リノベーション後「aremokoremo」と名付けて運営中、グッドデザイン賞も受賞
文化財を活用するということは、「過去を保存する」ためではありません。過去と現在、そして未来をつなぎ、その場所で誰が、どんな時間を過ごし、どんな関係が生まれていくのかを考えることです。国の制度が「使いながら守る」方向へと舵を切ったいま、求められているのは、制度と現場をつなぐ具体的な実践。文化財を特別な存在として遠ざけるのではなく、暮らしや仕事の延長線上に置き直す。その積み重ねが、地域の未来を確実につくっていくのではないでしょうか。
エンジョイワークスはこれからも、文化財や歴史ある建物を含めた地域資源と向き合いながら、「どう使い続けられるか」という問いを、現場で考えていきたいと思います。
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*「はじまりの一歩」、地域と紡ぐ皇族別荘の新たな物語―旧東伏見宮葉山別邸、改修工事経て開業へ(2025/6/24付)
*歴史的建造物の改修工事とは? 現在進行中、葉山の旧皇族“別邸”プロジェクト(2025/2/18付)
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