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横須賀・月見台エッセイ――まちの課題、まちの可能性

Column 公開日:2025/12/16

田浦月見台住宅。私がその名前を初めて聞いたのは、いまから10年ほど前。地域紙の記者として横須賀市を担当していた頃のことです。当時、市は「施設適正化計画」という公共施設の縮減に関する方針を出しており、そのなかに、廃止施設として盛り込まれていました。ほかにも「温泉谷戸住宅」「池の谷戸住宅」など竣工から50年近く経ち、老朽化が著しい木造・ブロック造住宅など11の市営団地を廃止するというもの。築年数やその内容よりも私は、「月見台」「温泉谷戸」といった風変わりな名称に興味がありました。のちに、田浦の深い谷の先にある「温泉谷戸住宅」は市が芸術家やアーティストの創造拠点として事業化し、アーティスト村HIRAKUとして運営されています。ここにも何度となく足を運んでいたので「平屋の長屋の市営住宅」の活用は、おぼろげながらインプットしていたところ。そして、そこから数年後に再びその名を目にしたのが「月見台住宅」でした。

時が止まったような状態(改修前の様子)。横須賀市内を知り尽くしていたはずの私も「こんな場所があったとは!?」というのが最初の印象

実際に、私自身がエンジョイワークスで関わる前の2022年末、「空き家状態になっている既存建物をリノベーションして店舗やコミュニティ空間に転用し、谷戸地域の再生と活性化をめざす」と記事にしていました。まさかその翌年、再生の現場に立ち会うことになるとは、当時は想像していませんでした。とはいえ、山あいに細く入り組んだ谷筋や斜面沿いに、住居が点在する三浦半島で特徴的な「谷戸」の活性化について、市や地域の取り組みを長年、さまざまな角度で取材してきた立場。ポテンシャルや期待、そして課題もインプットされた状態で「月見台」のプロジェクトに関わっていくというのは、何かの巡り合わせだったのかもしれません。

一周まわって…まちづくりって何?
今の私の立場は、このプロジェクトの「中の人」というよりも、もう少し大きく「まちづくり」の考え方をさまざまな方面に伝える役割。言語化だったり、事業メンバーへのインプットだったり。官民連携(横須賀市側からは民官連携)の新しい形であることの定義づけ、さらには、不動産の営業、事業企画、設計、ファンドを活用した資金調達、施設運営…といったエンジョイワークスのさまざまなナレッジの集大成のプロジェクトであることを伝えていく。いまもそんな途上にあります。

あわせて、田浦と言う場所のポテンシャルを引き上げるためにどうすればいいか?と頭を巡らすことも。「トンネルのまち」の象徴的なエリアで、戦前は軍港としてにぎわいがあった田浦。戦跡を辿るなかでもさまざまな遺構があり、そこから紐解いた「月見台」の存在も興味深いもの。また、別角度で言うと地域経済の底上げで、市内では商工会議所などを中心に、小さな起業(小商い)の支援という言葉を以前から耳にしていました。チャレンジする環境を開いていく風土と、月見台の「なりわい住宅」。実は、しっかりつながっているのです。

10月のマーケットイベントは過去イチの動員。人を呼ぶ仕掛けとは…なるほど、こういうことか、と

先日、新聞の読者の欄で、こんなやりとりを見かけました。「10年ほど前に、地図を見て好奇心で月見台に行ったことがあり、なぜこんな場所に共同住宅が?と不思議だったのと、ちょっとした探検気分で自分の秘密の場所になった。再生の現場にぜひ再訪したい」という投稿。そこで終わりではなく、数日後これを読んだ近隣在住の読者から「そう感じてくれる人がいるのが嬉しい」と”お返事”が。紙面上で静かな交流が生まれていました。月見台が持つ、場の「引力」とも言えるのではないでしょうか。

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取材で出会い、記事を書き、いまはその現場に立っている。かつて見ていた“まちの課題”が、“まちの可能性”へと変わる瞬間に立ち会っている。それこそが、私にとっての「月見台」の物語。そして、「終わりのない再生」という言葉があるとすれば、それはきっとこの場所のこと。月見台での取り組みは、田浦という土地のこれからを考えるための、ひとつのはじまりに過ぎない――だから「まちづくり」はおもしろい。そう感じています。(ENJOYWORKS TIMES・佐藤朋子)

■月見台住宅*ウェブサイト
https://tsukimidai.com/

佇まいそのものは変わらずも、まちに色が生まれています

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