坂の途中から、ふと湯けむりが立ちのぼる。別府温泉は、源泉数・湧出量で日本一。世界に11種類あるとされる泉質のうち、10種類が存在すると言われており、「大分に来れば、世界中にある温泉地に行ったのと同じ」と評されるほど。藁葺き屋根の湯の花小屋、「奇観」とも呼ばれる地獄めぐりなど、地域ごとに個性的な温泉景観と文化を併せ持つ、他に類を見ない高いポテンシャルがあります。

共同浴場や別府名物「湯の花」を採取するための茅葺き小屋など、温泉のある町の風景がそこかしこに
かつては「西の別府、東の熱海」とも呼ばれた「温泉のまち」。地名としてのネームバリューは絶大ですが、温泉地としての華やかな顔の裏で、地域の暮らしは他の自治体と同じようにさまざまな課題を抱えています。特に顕著なのが「空き家」です。全国共通の課題ですが、別府市は全国平均(約13.8%)を上回る約18%の空き家率。どの自治体にとっても喫緊課題ですが「使われていない空き家の価値」や「リフォームやリノベーション文化の浸透」は地域によって異なっているという実情も。私たちは別府の空き家について、「量はあるのに価値が低く、市場が動きにくい」という構造的課題を抱えていると分析しました。
“点”から”面”へ。空き家対策の新しいかたち
そんな別府で始まる新たな挑戦は、温泉地の「湯治文化」と「空き家再生」、そして「二地域居住」を組み合わせた新しいまちの再生モデル――「TOJI HAUS PROJECT(湯治ハウス・プロジェクト)」。今年度、国土交通省の「空き家対策モデル事業」にも採択されたもので、地域の空き家を活用し、リノベーションによって居住空間を整えつつ、地域の公衆浴場で湯治を楽しめるように設計していきます。“温泉に通う”…湯治文化を体験できるスタイル。観光でも移住でもない”滞在型の関係人口拡大”を提案していきます。
空き家バンクによるマッチングや空き家を活用した事業など、これまでよく見聞きする施策は、1戸ずつの再生・利活用が多いのですが、全国で空き家が増加するなかで、それでは到底追いつかない…というジレンマも。エンジョイワークスが今回取り組むのは、地域に点在する空き家を、ひとつのコンセプトのもとで同時に再生する”面的再生”というアプローチ。個々の建物に留まらず、まち全体を一つの“体験空間”としてデザインする発想です。局所的になりがちな「空き家対策」を面的に再生し、まちぐるみで滞在の体験をつくる。そんな視点なのです。
なぜ、別府×湯治×空き家なのか?
別府が温泉のまちであるのは言わずもがな…ですが、ただただ温泉と観光を結び付ければいいと考えている訳ではありません。市では「新湯治・ウェルネスツーリズム」の推進を新たに掲げています。これは、温泉効能の科学的根拠に基づき、医療・美容・健康をテーマに、自然や食と組み合わせた心身の健康増進プログラムを提供し、長期滞在型の観光を確立することを目指す取り組みです。

別府駅前には「手湯」のコーナー、温泉の蒸気を使った「地獄蒸し」など、生活に根付いた独自文化も
実際に、観光客数はコロナ禍前の水準に戻りつつありますが、市内での宿泊は1泊という人が約66%で複数泊(3泊以上)は約16%。温泉湯治の作用…「自然治癒力を高めつつ、心の健康も取り戻す」ためには最低でも2泊3日、できれば、体調に合わせて3~5泊以上が望ましいと言われています。また、インバウンドの方の滞在は平均6.9日。一方で、市内の宿泊施設は、短期滞在向けの旅館やホテルが9割以上なので、「中長期で泊まれる場所が少ない」という課題があります。「新湯治」の施策として、既存の観光スタイル(短期の地獄めぐりや宴会旅行)からの転換には、やはり「受け皿」が必要だということなのです。
別府市の「新湯治・ウェルネス」紹介ページ
https://www.city.beppu.oita.jp/sangyou/wellness/
そこで活用の期待がかかっているのが、空き家。「TOJI HAUS PROJECT」は、全国各地で空き家再生のプロジェクトに取り組んできたナレッジ、ファンドなど資金調達のスキームがあるエンジョイワークスだからこその視点。さらには、社内の設計チームの連携体制を最大限に活かしたプロジェクトでもあるのです。別府での事例は、旅行者(ワーケーション、外国人)と、二地域生活をしたい人、それに「湯治」の掛け合わせ。こうした「地方ならでは」のポテンシャルや資源を活用し、空き家を再生して効率的な中長期施設の「ひな型」を作っていくことも大きな目的。これを他の地域でも真似できるモデルを作っていくという狙いもあります。持続可能な地域活性化に連なる事業創出で、空き家問題の解決にもつなげていきたいと考えています。
もうひとつ、欠かせないのは他業種・多業種の連携。自治体だけでなく、地元の金融機関、教育機関、交通事業者、不動産事業者を巻き込んでいるのもこのプロジェクトの特徴です。単なる空き家再生を超えた、地域全体での持続可能なエコシステムに――。
別府での挑戦は、暮らしや滞在の選択肢を増やす実験でもあります。湯けむりのまちから始まる、“新しい空き家再生”の姿にご注目ください。

「血の池地獄」に「鬼石の湯」などのコバルトブルー、火山灰などによる乳白色…と、その湯色も別府の特徴
参考:
国土交通省・令和7年度「空き家対策モデル事業」の採択対象を決定(8/4付)
https://www.mlit.go.jp/report/press/house03_hh_000233.html
2025/11/18
2025/12/02