私たちが横須賀市の「月見台」ではじめて“見学会”を実施したのは、2024年の7月でした。そこにあったのは58戸の平屋空き家、それだけ。最寄駅から徒歩10分ちょっとではあるけれど、道中は国道から一歩入った車1台がやっと通れる細い市道に、くねくねと曲がる坂道。丘の上にある「旧市営月見台住宅」の入口で受付していた私たちも、汗をかきながらこの場所にたどり着いた人たちに思わず「暑い中すみません」と謝ってしまうほどでした。当時、見学者として訪れた人が約1年を経て、自分のお店を開いています。さまざまなストーリーがそこにはあるのです。
10月5日にこの場所「月見台住宅*」で開いた月見祭。開業店舗が今夏以降ポツポツと増え、お月見の時期に「さらに盛り上げる節目にしよう」と企画したイベントです。夏の名残が残る風の中、JR田浦駅から月見台に至る坂をのぼってくる人の列が、いつもよりずっと長く伸びていました。あの日、汗をぬぐいながら未来を語っていた人たちが、今度はそれぞれの店先に立ち、コーヒーを淹れたり、焼き菓子を並べたりしている。かつて静まり返っていた団地に、笑い声と香ばしい匂いが混じり合う――そんな光景は、まるでこの場所がゆっくりと息を吹き返していく瞬間を見ているようでした。
入居店舗もマーケット仕様に。餅つきやジャズライブもあり、来場者はこれまでのイベントで最多の1500人!
ただ、ここまでの道のりは、この場所と同様に「坂道」も多く、全てがスムーズに進んだわけではありませんでした。丘の上の立地は誰から見ても大きなハードルなのか? 昭和長屋のノスタルジックな佇まいを「活かす」ことは受け入れられるのか? 私たちが感じた「ポテンシャル」に共感してくれる人はいるのか? そんな感覚的な部分だけでなく、築60年超の建物のリノベーションも一筋縄ではいかず、古いものの良さとの隣り合わせ。資金調達のためのファンドも、このプロジェクトに共感して投資してもらうには、どのように表現していけばいいか、けっこう頭を悩ませました。そして、開業店舗が増えるにつれて「月見台を知ってもらう」ための発信や動線も。ここでの「思い」を持って来てくれた入居者さんたち、さらには近隣住民の方々とのコミュニケーションも必要…つまりは、まさに全方位、全社全力で邁進したプロジェクトだったのです。
月見台住宅のプロジェクトに関わっているエンジョイワークスのスタッフたち。不動産賃貸から事業企画、設計、コミュニティマネージャーまでまさに全社横断
市営住宅としての役目を終えて5年。人の声が響き、「暮らしとなりわい」が息づくまちへの再生は、始まったばかり。空き家だった平屋が“誰かの営み”へと変わり、そのひとつひとつが灯りのようにまち全体を照らしていく。月見祭は、そんな新しい暮らしと出会いの灯を祝う夜になりました。
月見祭で会場がいちばん沸いたのは、横須賀市の上地克明市長の即興ジャズライブ。「戦後ジャズのまち・横須賀」の香りも漂う空間に
ここで生まれたつながりが、次の季節の風を運んでくれる。入居者の営みが誰かの希望となり、また新しい「暮らし」が生まれていく。住む人も訪れる人も、支える人も、みんなでこの丘を見上げながら、ゆっくりと歩いていく。その先にきっと、月見台の新しい景色が広がっているはずです。
市営住宅から、暮らしと住まいの交わった「なりわい住宅」へ。これが古くて新しいまち
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月見台住宅*ウェブサイト
https://tsukimidai.com/
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月見祭には自治体関係者も来訪。左からエンジョイワークス・福田、上地市長、加藤眞道・市議会議長、セレモニー挨拶でブルースタジオ・大島芳彦さん、入居者代表として萩原明子さん(THE COFFEESHOP)