「小商い(こあきない)」という言葉が、少しずつ身近になってきています。これは従来のビジネスとは一味違う、新しい働き方を表すもの。好きなことや得意なことを活かし、暮らしと調和させながら行う身の丈に合った商売。起源を辿ると江戸時代の行商や露天商にもつながるものですが、時を超えて2010年代以降、働き方の多様化や、モノの所有より経験や人との繋がりを重視する価値観の変化を背景に注目されるようになりました。これはSNSなどの普及で個人が低コストで事業を始めやすくなったことも後押ししています。フルタイムの雇用や大型資本による事業だけでは、人生の多様なニーズに応えきれなくなってきていることも背景に。副業解禁、フリーランスの拡大、地方移住の増加、そして働き方の価値観の変化――こうした流れの中で、「自分のペースで」「好きなことを」「地域に根ざして働く」選択肢として、単なる小規模ビジネスとは異なり、利益追求だけでなく自己実現やコミュニティとの関係性を大切にする。「小商い」は、現代的なライフスタイルの一つとして広がっています。
なぜいま「小商い」なのか? なぜ「月見台」なのか?
さらに重要なのは、小商いが単なる経済活動を超えた意味を持っているということ。効率や規模を追求する大企業とは少し対極にある考え方かもしれません。地域コミュニティとの関わりや、同じ価値観を持つ人とのつながりを生み出し、人間的なスケールでの関係性を築ける。つまり経済的自立と自己実現、そして社会とのつながり。現代的な働き方の解答の一つといえるでしょう。
その「小商い」をどこでどのように始めるか? スモールスタートできる挑戦の場所とは? 図らずもそれに向かい合ってきたのが私たち。43戸。これは、エンジョイワークス手掛ける旧市営住宅団地の再生、「月見台住宅」のプロジェクトにおいて、いま、「なりわい住宅」として実際に始まっている小さなビジネスの数です(2025年8月末現在)。47戸の空き住戸にいま「小商い」がこの数だけ生まれています。「バイヤーの仕事から独立」「ECサイト販売の拠点に」「副業として民泊運営をスタート」「こだわりの素材を使ったカフェ」…年齢も経歴も目的もさまざまな彼らが、自分らしく働きながら地域と関わり始めています。「いつか小さなお店を持ちたい」「起業の場を探していた」など、きっかけは三者三様。ただ「どこでやるか」がポイントで、例えば、まちなかの空きテナントに心動いたか? というとちょっと違うようです。月見台というまち再生のなかで、昭和長屋のノスタルジックな雰囲気と風景、さらにはDIYによるカスタマイズという小さな挑戦の「ワクワク感」がかき立てられるプロジェクトだったことも大きな要素かもしれません。
7月からいくつかの店舗(や民泊)が開業。思いおもいの空間で「小商い」を実現させています
私たちがスモールスタートの場を作り続けるワケ
エンジョイワークスが手がけてきたプロジェクトの多くに共通するのは、場づくり+人づくり+関係づくり。月見台住宅(横須賀市)では、空き家を“なりわい住宅”として再生し、「住む」と「働く」が融合した形で入居が進んでいるところですが、KIKI BASE FUJISAWA(藤沢市)や桜山SAQLAB(逗子市)は、元工場をシェアアトリエとしてクリエイティブ空間に転用。ここで登記をして新たに会社を立ち上げた方もいます。ほかにも函館でのプロジェクトでは、和洋折衷様式の歴史的建物を1万円台で借りられるシェア型店舗に転用。チャレンジの敷居を大きく下げています。これらを合わせると、私たちがきっかけを作った「小商い」の件数は数十件以上。共通しているのは、「始めやすく、続けやすく、仲間がいる」ということ。そこから小さな商いだけでなく、まちづくりの小さな輪が生まれています。
この数字の積み重ねは、一人ひとりが自分らしい働き方を見つけ、地域と新しい関係を築いていく挑戦の証。小さな商いから生まれる人のつながりが、やがて地域全体に広がる変化の始まりになること、そして次のチャレンジへの連鎖が、地域を内側から元気にするきっかけになると良いなと思っています。
月見台住宅*ウェブサイト
https://tsukimidai.com/
月見台にしかない唯一無二のロケーション。それも「小商い」を後押しするエッセンス