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「はじまりの一歩」、地域と紡ぐ皇族別荘の新たな物語―旧東伏見宮葉山別邸、改修工事経て開業へ

New Topics 公開日:2025/06/24

「竣工から100年を超える旧皇族の別荘」。そう聞くと、どのような建物なのか知りたくなるでしょう。そして「存続できないかも(取り壊しの危機にある)」と聞けば、多くの人が「残してほしい」と思う。ではなぜ、「そのままであってほしい」と願うのでしょうか。単に建物の意匠や歴史だけではなく、そこで積み重ねられた時間、人々の記憶、地域の誇り、その場所が持っている可能性を感じ取っているからかもしれません。そして、「何も策を考えないで良いのか?」「いま、私たちができることは?」など――未来への責任も。

これは、葉山町にある旧東伏見宮葉山別邸の話。かつてこの町に数多くあった皇族・華族の別荘の中で、現存する唯一の皇族別邸です。1914(大正3)年、海軍軍人としても活躍した東伏見宮依仁親王によって建てられました。特徴的なのは、ドイツ下見板張と言われる白い外壁と緑青を帯びた銅板屋根。高さ15メートルに及ぶ塔屋のある洋風建築は、皇室関係の建築を多く手掛けた宮内省内匠寮技師の木子幸三郎の設計です。葉山は御用邸の開設以降、皇族や華族だけでなく、文化人たちの別荘が500棟近くありましたが、関東大震災や戦後の開発によって、現存するのはわずか。その中でこの建物(別邸)は、戦後すぐにイエズス孝女会に維持管理を託し、修道院として奇跡的に残されてきたのです。

これまで地元有志などの協力で数回の改修を行ってきましたが、築100年を超える建物の「活用や補修の負担が重くて維持しきれない」との相談を受けたのが地元の方々。老朽化はもちろんですが、「誰が」今後、その維持を継続していくのか。この地域の住民や有志、建築の有識者などが集まり、昨年2024年夏に「一般社団法人 La Casa Blanca Hayama(ラ カサブランカ ハヤマ)」を設立。保存と再生、そして「利活用」のプロジェクトが始動しました。

「守り継ぐ」視点と共感の輪

歴史的建造物の維持や継承は全国共通の課題です。老朽化による多額の修繕費、(行政指定の文化財であればなお)法制度による活用制限、所有者の高齢化や相続の問題なども複雑に絡み合っています。さらに「残すだけ」では建物は守れず、「誰のために」「どう活かすか」という視点も重要。活用の仕方が見いだせなければ、維持費ばかりがかさみ、やがて再び存続が困難になります。次世代への継承には、共感を得る仕組みづくりが不可欠なのです。

一般社団法人 La Casa Blanca Hayamaでは、この建物の改修に際して、「記念日」の場というコンセプトを考えました。葉山に残る唯一の皇族別荘で過ごす。それ自体も貴重な時間であり、「記念」になる体験。ウェディングやパーティ、発表会、そして親しい人たちと「宿泊」もできる。こうした経験を積み重ねて「未来に向けて守りたい場所」に育てていく。そんな拠点にしたいと思っています。

外壁だけでなく、室内も白い壁がまぶしい「別邸」。天井が高く、気品ある空間――「新たに建てたもの」とは一線を画す存在感(工事終了後の様子/2025年6月)

工事や維持管理の資金は、観光庁の補助金や地元の方の寄付のほか、エンジョイワークスの運営する地域活性クラウドファンディングの「ハロー! RENOVATION」で9800万円を調達しました。ファンドの“投資”は事業への応援であり、さらに投資家は「事業の見守り役」の立場でもあります。「関わりの実感」を経てこの建物のファンになってもらう。未来に向けて「建物を気にしてくれる人」を増やす。そんな意味合いもあるのです。

そして“ハード”の面では、昨年12月に工事に着手。建築に関わる有識者の知識を借りながら・意匠を守りながら、外壁から屋根、内装まで、以前の改修の際にも関わっていた家具職人をはじめ地元の工務店など、工事には多くの方に協力いただきました。今では再現が難しい伝統的な技術や素材、職人の手仕事が残る建物は、それ自体が貴重な文化遺産。これを失えば、伝承自体も断たれる可能性があります。「守り継ぐ」という言葉にはそんな意味も含まれているのです。

過去の修繕記録などを見返しながら、工事にあたった専門家たち

傷んだ外壁など大規模な補修も。意匠を守りつつ使いやすい快適な空間にしていく――歴史的建造物の改修の難しさにも直面

新たな「はじまり」へ

この6月、多くの大きな修繕を経てようやくお披露目となった「別邸」。22日に行われた開業のセレモニーには、一社の理事をはじめ、改修工事に関わった専門家や寄付者・投資家などが集まりました。この建物を知る関係者はもちろんですが、初めて来た投資家も。自分の「投資」が再生の一助になっていることを感じてもらえたようです。

「記念日」をテーマにした開業セレモニー。パーティの雰囲気を楽しみつつ、館内をぐるりと見学する参加者たち

竣工以降、葉山のこの場所で、静かに時を刻み続けてきた旧東伏見宮葉山別邸。いま再び、地域とともに新たな物語を紡ごうとしています。この再生は、誰かにバトンを渡すのではなく、地域の人たち、この建物や場所に関わる人たちみんなで大事に守り継ぐための「はじまりの一歩」。私たちは、この歴史ある別邸が、未来へ希望を繋ぐ場所となるよう願っています。

■旧東伏見宮葉山別邸ウェブサイト
https://bettei-hayama.com/
■旧東伏見宮葉山別邸Instagram
https://www.instagram.com/bettei_hayama/

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