青い海や歴史ある街並み、その地ならではの食、そして人々の営み。これら非日常の体験こそが観光の醍醐味です。しかし、観光客誘致が地域経済を潤す一方で、人口減少が加速する地方では、担い手不足という課題を抱えています。観光客が求める非日常に対し、住民は生活の利便性や安定した仕事といった日常の快適さを重視するため、「観光で訪れたい町」と「住みたい町」は一致しにくいという現実があります。このギャップを埋め、「訪れても楽しく、住んでも幸せな町」を実現するには――?
そのヒントとなるのが、富山県射水市・新湊の内川地域で始まった「富山内川・番屋再生漁泊ファンド」のプロジェクト。観光開発に留まらない、地域に深く根差した「新たな活性化のカタチ」を掘り下げる取り組みです。そのキックオフイベントを6月2日に現地で開催、当日の様子をレポートします。(書き手:ENJOYWORKSTIMES 佐藤朋子)
「内川のこれからを考える、新しい関わりのかたち─地域とつながるAKAMA富山の取り組み」。そう題したイベントは、内川地域の運河沿いにあるかつての番屋(漁師の作業場)の見学から始まりました。この建物を「漁泊(ぎょはく)」をテーマにした宿泊施設に再生するというのが「富山内川・番屋再生漁泊ファンド」のプロジェクトです。事業者の赤間遼太さんが手がける宿泊ブランド「AKAMA」の2号物件で、宿の目前の運河から漁に出航する風景を体感したり、市場やセリを見学したり。漁業体験や釣り、そして食を楽しむ。また、そこに息づく漁師の営みや祭りの文化に触れる機会も提供する。空き物件を活用して地元の資源(人材、自然、食材)との交じり合いの場を広げることで、より多くの人が地域活性化に関わりやすくしていくことが狙いです。
工事中の施設(旧・番屋)を案内する赤間さん(写真左)。開口部の広さもこの建物の大きな特徴
「ここには派手さはないが、日本の本質的な暮らしが息づいている」。新湊を初めて訪れた5年前にそう感じたという赤間さん。この地域の番屋は運河に面した開口部が広く、躯体もしっかりしていて1階が土間という構造。単なる作業場ではなく、水辺と暮らしが直結する地域の文化的ハブでもあったと言われています。「僕が大事にしているのが、地域の営みの中で歴史を重ねた建物を、そこに根付く文化や人々の思いとともに、居心地のいい空間として生まれ変わらせる。あとはその地域に適した事業を育んでいくというプロジェクト。箱だけ活用するのではなく、事業を育てていかないと難しいんだろうなと感じていて、とっておきの空間でとっておきの時間を作りたい」。そんな意気込みを語ってくれました。
プロジェクトリーダー・赤間遼太さんのインタビュー記事はこちら
続いて場所を移して、内川に関わるさまざまな方を招いたシンポジウムが開催されました。登壇したのは地元の観光協会会長から地元事業者、そして赤間さん、エンジョイワークスの福田の7人。その中で、グリーンノートレーベル株式会社代表の明石博之さんは、現地の対岸で「水辺の宿」を運営している先輩であり、AKAMA富山のデザインを手掛けた人。「建物の特徴を活かすことはもちろん、この風景のアイデンティティと外観を守っていく。内川の日常を感じながら、この空間を楽しんでもらいたい」と話します。
これを受けて、赤間さんは「宿を作ることが目的ではなくて、手段に過ぎないかな、と。ツールであって装置。訪れてみたいと思ってもらうためのツール。そこから来訪者の拠点となって、地域で活躍されている若い方々、生産者さんとか職人とかプレイヤーの活躍の場に送り込むための装置に。そんな位置づけ。それが観光客にとっても豊かな暮らしのきっかけになれば。この街の力をもう少しだけ引き出すという、そのお手伝いをするのが僕の役目かな。若い世代の方々に自分にもできるかもしれないと思って再現してもらえれば」と熱い(ピュアな)思いを続けてくれました。
その意図は今回、資金調達の手段のひとつにファンドを活用していることにも表れています。AKAMAプロジェクトは、新湊をはじめとするローカルエリアに残された価値を可視化し、持続可能な事業として成立させることを目指しています。その成功には、地域の中だけでなく、外の人々を巻き込んだ「共感による資金調達」が必要不可欠です。ファンドを活用することで、資金面だけでなくノウハウや関係人口の広がりといった「地域外の力」を組み込み、事業モデルとしての再現性を高めることができる。そんな挑戦でもあるのです。
射水市内を中心に、まちづくりや観光活性、物件活用などに関心のある方が多数集まり、会場は満員(写真中央はデザインを手掛けた明石さん)
会場の登壇者や会場からは、共通してこんな言葉がありました。「いろんな立場の人たちが、地域のことを真剣に思っていて、例えば町をもっとよくしたいという地元の方がいる。プレイヤーも行政も一緒になって町のことを考えていると思う」「この町には価値があるってことを、もっともっと形にしていくということが、次の一歩だと思う。そういう意味ではどんな暮らしができるのか?ていう部分を、伝え続けることも大切」「(このプロジェクトは)ローカルプレイヤーや都市部のプレイヤーが一緒に場をつくるというモデルだと思っていて、それが内川に持ち込めると、すごく面白いと思う」
このプロジェクトのコンセプトにもつながっているのが、射水市による「内川戦略会議」の存在です。エリアの「持続可能な未来」をつくるために、行政や事業者など地域の多様なプレイヤーが集まり、昨年1年間、議論と実践を重ねてきました。観光依存に偏らない持続可能な地域価値の創出と、多様な担い手による協働の仕組み作りを目指す――。その方向性を形にしたのが、赤間さんの事業(AKAMAプロジェクト)なのです。今回のイベントは、その実践例のキックオフの場として、市内の方にも聞いてもらう機会にもなりました。
エンジョイワークスの福田は、イベント登壇を振り返ってこう話します。「戦略会議での視点や想いがあって、さらに赤間さんの熱心な思いも重なって、一つのプロジェクトが進んでいる。これをきっかけに、次の動きに重なっていくことが重要。内川の本気度は『これから』かもしれません」。―――まさに「町のこれから」に、さまざまなプレイヤーや市民が関わっていく街の姿が、これからの「地方創生」のひとつのモデルになることでしょう。
運河の向こうに見えるのは立山連峰。この日常の風景と「漁泊」体験。非日常との混ざりあいから「地域価値」を掘り起こしていく
2025/06/16
2025/06/16