「こんな廃墟になんで?」「不便すぎない?」「集客できるの?」――エンジョイワークスが横須賀市と官民連携で進めている旧市営田浦月見台住宅の再生プロジェクト。築60年超の昭和平屋(長屋)を、職住一体の「なりわい住宅」にリノベーションする計画です。その佇まいからいつしか「天空の廃墟」と呼ばれるようになり、テレビや新聞、ウェブメディアで取り上げられ、注目いただいています。そこで入ってくるのが冒頭のようなコメント。最寄り駅近くには店舗もなく、現地へは坂道。幅員が2mに満たない箇所もあります。建物も木造平屋(一部RC)で元の間取りは当時の典型的な2DK。「え?ここで?」というぱっと見の印象とは対照的に、見学会やプレイベントは活況で、この一帯の非日常感というか、昭和の香りが漂う空間に「ピンときた人」を引き付けているようです。
上空からのロケーションも「他に二つとない」場所。再生が始まり、もう「廃墟」ではありません!
プロジェクトではすでに、整備予定52戸のうち、第1期として半数近くの入居者が決まっています。「なりわい住宅」なので、店舗や工房として使いながら暮らす(二拠点や週末滞在する)という方がほとんど。どのように建物を運用するのか?と言うと、内部を解体して、入居者さんの要望に応じてレベル0から2までのリノベーションを施しているところ。畳を外して土間打ちにして、(DIYレベルに応じて)壁に断熱材を入れたり。水回りの設備も入れ替えて、住居としての性能は現代の水準に合わせた形です。
実際の入居予定者に話を聞くと、「なぜ月見台に?」が解けてくるかもしれません。例えば、焼菓子の工房とカフェを開く女性。「いつか自分のお店を持ちたい」という夢を叶えるために独立して、地域の交流を深める場を提供しながら販売と発信をしたい、とのこと。そのほか、「アトリエとして作業に集中できる場所を探していた」「民泊運営をしながら、周りの店舗との交じりあいを楽しみたい」「(周囲に店舗がないので)月見台の周りの地域の方々にも使ってもらえるような飲食店にしたい」「他でやっていないようなことを、ここでやってみる。そんな挑戦に面白さがある」などなど。(当然ですが)ポジティブな思い…ワクワクを抱いて、入居を決めたようです。「おもしろそう、やってみよう」―そんな前向きのマインドの方々が集まっていると言えそうです。
入居予定者によるポップアップイベントでは、久しぶりに「月見台」に賑やかな声が(写真左・中)。自分の事業をプレゼンする交流会も実施しました(写真右)
通常、テナントとして使う場合の賃貸は保証金が住居専用よりも高く設定されています。個人で店舗を持ちたいと思っても、特に都心部では開業の道のりも険しいという現状も。住居兼店舗として貸し出す月見台のプロジェクトは、小さな起業(いわゆる小商い)を始めようとする方には、ちょうどいいチャレンジの場所。もちろん「儲け」も必要ですが、自分のやりたいこと・楽しみながらやれることを、自分の手の届く範囲で行う働き方。そんな時代の潮流が、この場所に人を集めているのかもしれません。いま、第2期の入居の見学会を実施しているところですが、「ここで、これがやりたい」という具体的なプランを描きながら来られている方が多いことに、こちらもちょっと驚いています。
崖のような丘にあるお茶室のある古民家を市外県外から人が集まるコーヒーショップに。車の入れない高台で階段を上がった場所にある民家が、知る人ぞ知る行列のできるカフェに。複雑に入り組んだ谷戸の先に生まれたスパイスカレー屋。横須賀市内には、そんな先を行く事例がいくつかあります。魅力ある店舗が立ち並ぶ都心のスポットも良いけれど、二つとないとっておきのお店を訪れる「楽しみ」がここにはあるのです。駅から近いか近くないか。基準はそこではありません。たどり着くまでの景色や高台の眺望、建物のプリミティブな佇まい。月見台に集まる新しい店舗たちも、その仲間入りと言えるのではないでしょうか。
「これから新しく作ることのできない団地の風情と古さに価値を見出して、いまの時代のクリエイティブを体現しようとしている人が集まっているように感じる」。このプロジェクトを手掛けるエンジョイワークスの髙才ゆきは、そう語ります。1期入居者の店舗開業はこの夏。ワクワクを携えながら「なんでこの場所に?」の答えを探しに来てみませんか?
現状は、各住居を解体して、リノベーションやDIYを施す段階。これも入居者の「クリエイティブ意欲」をくすぐります