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東伏見宮依仁親王と横須賀との関係―実は鎮守府司令長官だった!

Column 公開日:2024/12/03

葉山に現存する唯一の皇族別荘、旧東伏見宮葉山別邸。現在、地元住民などによる一般社団法人が中心となり、建物の保全と維持の活動が始まっています。国の有形登録文化財でもあり、その外観や意匠も特徴的。葉山御用邸の設置以降、この界隈に皇族の別荘がいくつか建てられましたが、かつての主、東伏見宮依仁親王(1867―1922)の経歴を辿ってみると、葉山の隣町・横須賀にも深い縁があったのです。

明治期、皇族男子は軍人となることを義務付けられ、依仁親王は海軍兵学校に予科生として入学。イギリスに留学した後、フランスのブレスト海軍兵学校を卒業し、帰国後は海軍軍人として生涯を歩みました。ちなみに、横須賀は開国以降、横須賀造船所(のちの横須賀製鉄所、横須賀海軍工廠)の造営にフランスから技術協力を得ており、両海軍のつながりがある町。現在も、姉妹都市の交流が続いています。親王は、日露戦争で巡洋艦「千歳」の副長として参戦し、海軍大佐に昇進すると防護巡洋艦で横須賀を母港とする「千代田」艦長に。その後、横須賀鎮守府司令長官、第二艦隊司令長官を歴任しました。

横須賀鎮守府は、呉・佐世保・舞鶴の4鎮守府の筆頭となる日本海軍の最大・最重要拠点。その司令長官は天皇に直属して部下の艦船部隊を統率する立場でした。長官官舎は、横須賀市の田戸台という高台にあり、1913年に竣工。初代入邸者は依仁親王でした。親王は、その翌年の1914年に葉山に別邸を建てており、横須賀と葉山のある三浦半島に馴染みが深いことが分かります。軍人としての激務の中、この別邸からの相模湾の眺めがひと時の休息だったのかな…と想像します。

東京湾を見渡す高台にある旧官舎。厳かな雰囲気はそのまま

旧海軍の横須賀鎮守府司令長官官舎は現在、防衛省が「田戸台分庁舎」をして管理しており、毎年、桜の時期と秋にのみ、一般公開をしています。「日本遺産」にも登録されている建物で、迎賓用の洋館や居住用の和室、ステンドグラスや庭園など文化的価値も高く、館内には、歴代長官居住者を紹介するパネルも展示されています。大正期当時の意匠という意味でも、現存している親王の葉山別邸と併せて見学したい場所です。

館内にある歴代長官のパネル。東伏見宮依仁親王は写真の左上から2番目

こうした歴史背景を辿ると、建物の様式だけでなく、葉山や横須賀という場所が当時、どのような位置付けだったのか、学びが深まるのではないでしょうか。その親王の「別邸」自体は、竣工から110年、保全のための改修工事がスタートしたところです。

三浦半島の西側、相模湾を見渡す場所に位置する旧東伏見宮葉山別邸。葉山に唯一残る皇族旧別荘としても貴重な建物

これまで、一般公開はしていませんでしたが、来春、地域の歴史遺産として、多様な方に利用いただける形に再生します。この建物を通して、親王が本格的な海軍軍人のキャリアを歩んだ皇族としての背景も、多くの方に知っていただければと思っています。

かつての軍港都市、横須賀。同市内の三笠公園には日露戦争を戦った連合艦隊旗艦の三笠(現在は記念艦三笠として公開)と東郷平八郎の像が*親王は千代田艦長として日露戦争に従軍

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田戸台分庁舎に関するウェブサイト(一般公開のお知らせなど発信しています)
https://www.mod.go.jp/msdf/yokosuka/tadodai/index.html

東伏見宮葉山別邸の保全改修に関する取り組みについてはこちら
https://hello-renovation.jp/topics/detail/25022

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