三浦半島内の海沿いで「浦」の付く地名の多い横須賀市。その中で、私たちが注目しているのが、半島の北東部に位置する「田浦」。エンジョイワークスがリノベーションを手掛ける「旧市営田浦月見台住宅」があるのが…この田浦という町なのですが、「田浦って何があるの?」と聞かれて、あれこれ出てくる人はたぶん、ほとんどいないでしょう。それでも、ここを深掘りすると、「響く人には響く」…ポイントがいくつかあるのです。
戦前は軍関係で賑わい、いまは若干「おとなしめ」(むしろ静かすぎる)
横須賀線「田浦」駅は、開業110年の歴史があるのですが、同線19の駅のうち乗降客数は最下位。ほのぼのとした空気が漂い、遠い遠い地方郊外に降り立ってしまったのか?と思ってしまうでしょう(ちなみに京浜急行線の「京急田浦」駅は隣町にあり、この二つの駅は1.6kmくらい離れています)。そんな少し“おとなしめ”な駅になったのには、訳があります。
戦前、このエリアには海軍軍需部があり倉庫群がずらりと並んでいました。すべての軍需物質が集まる場所で、働く人や近くに住む人で活気があったそう。戦後、それらの倉庫は民間に払い下げられたほか(「日本遺産」に登録されているものも)、敷地は自衛隊の病院や基地に転用され、人の流れも変わっていきました。人口も戦時下のピーク時(約54,000人)から7割減(約16,000人/2022年*横須賀市統計書より)。時を経て、今はのどかで静かな町です。
言わずと知れた「トンネルのまち」
そんな田浦にも唯一無二のポイントがいくつか。田浦駅は実はとても特徴的で、トンネルとトンネルの間に挟まれていて、11両編成の車両がホームに収まらないということも。ここにある3つのトンネルは、明治・大正・昭和に造られたもので、この“並び”はなかなか貴重。「トンネルマニア」なる人たちや鉄道好きが訪れています。なぜトンネルが多いのか? 三浦半島を縦断する国道16号、それに沿うように走る京浜急行と半島を鎌倉方面から横断するJR(旧国鉄)。路線や道路を伸ばす中で入り組んだ小高い丘や崖を通すために、トンネルが必要だったのです。横須賀が「日本一トンネルの多いまち」と言われているのは、そんな歴史から。芥川龍之介の小説『蜜柑』に描かれたトンネルは横須賀駅から田浦駅の間あたりで、少女が蜜柑を投げたのは、この近辺(田の浦踏切あたり)だったそう。また田浦駅のJR本線から倉庫エリアへ車両を動かす「引き込み線」の跡も残っていて、鉄道好き(線路好き?)にとっては、とても興味深いもののようです。
「谷戸」ってなに?見方を変えると魅力が詰まっていた!
そしてもう一つ、特徴的な立地が「谷戸」。三浦半島自体、平坦地が少なく、小さな丘陵地が多いのですが、横須賀は幕末から明治~昭和期に軍港として栄え、田浦を含めた横須賀北東部の東京湾側に人口が急増する中で、谷が入り組んだ「谷戸」と言われる場所や、丘の中腹から上まで住宅が所狭しと増えていきました。車1台通れるか通れないか…といった谷戸も少なくなく、こんなところに!(どうやって建てたのか?)と思うような家も目に入ります。それが時を経て、人口減の折、住み継ぐ人がいなくなり、再建築も難しく、「空き家」になる…そんな状況に自治体も頭を悩ませています。
確かに、細い階段や坂をのぼった高台や奥まった場所は行き来が大変かもしれませんが、一方で、眺望も良くて静かで自然が身近にある「谷戸暮らし」に魅力を感じて、新たに移り住んでくる人も。また、横須賀市は、谷戸コミュニティの新しい形づくりのため、地域交流に意欲的なアーティストを誘致し、芸術を通した活性化を目指した「アーティスト村(HIRAKU)」を、ここ田浦の「温泉谷戸」と言われる“谷の秘境”に作りました。市営住宅をリノベーションした創作と居住の場で、陶芸家の穴窯があったり、染物作家が藍や綿を育てていたり、地元向けに現地でワークショップを実施したり。創作に集中できる静かな環境かつ、自然素材も活用できる。現在は4名の方が「村人」として、活動しています。6月には地域の方を交えた「蛍まつり」も開かれていて、今年は300人くらい集まったとか。谷戸で作られた芸術家による新しい町が「緩やかな混ざりあい」の場所になっています。
そんな田浦の「谷戸」の“高台のほう”にある「旧市営田浦月見台住宅」で始まったのが、私たちのプロジェクト。所有者である市から出たお題は「廃止後の市営住宅を有効活用して、地域コミュニティを活性化して!」というもの。昭和長屋の市営住宅をリノベーションして「ヴィンテージ&クリエイティブなまち」を新たに創造していきます。この場所を訪れたエンジョイワークスの社員も皆「こんな場所が三浦半島、横須賀に眠っていたとは!」「自然と眺望、建物の佇まい。見方を変えたらポテンシャルが詰まっている!」「まちの“リノベーション”、エンジョイならではでおもしろそう!」と前のめりのコメントばかり。
7月に行った現地の見学会では、なりわい居住(店舗や作業場兼住居)がたくさん寄り集まるイメージを描いたコンセプトを紹介。私たちの予想を大きく上回る約60組の方に来ていただきました。参加された皆さん、カフェや古着やヴィンテージ販売の拠点…などと、プランを頭にあれこれ描きながら現地を見学されていました。敷地と建物全体のリノベーションに着手するのは今年末あたりから。ここを目的地に、多様な世代で賑わう――。田浦・タウラ・TAURAがさまざまなカルチャーの発信基地になる日もそう遠くはなさそうです。
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そのほかに…田浦には「梅の里」と呼ばれる梅林があります。小高い丘に約2000本。ここの梅の実を使った「梅ワイン」の販売も。江戸時代、保土ヶ谷や戸塚の宿場から三浦半島の東端まで至る「浦賀道(うらがみち)」も田浦付近を通っていて、月見台から少し西に行った場所にある「十三峠」は難所と言われていたそう。その風光明媚な眺望に目を奪われた歌川広重は「広重武相名所旅絵日記」で、ここを描いています。そんな歴史や土地の産物にリスペクトする「クリエーション」も、新たに生まれてくるかもしれませんね。
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https://enjoyworks.jp/times/078/ *田浦月見台住宅の現地見学会告知記事(イベントは終了)
https://enjoyworks.jp/times/051/ *自治体共創による田浦月見台住宅の取り組み
横須賀市役所ウェブサイト「田浦を歩く」
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2744/walk_taura/taura.html