「世界で年間約2兆円、日本では30億円が、海洋ゴミの清掃に使われています」。私たちが運営する藤沢の「KIKI BASE FUJISAWA」入居者、横岩良太さん(45)。身近な海岸に積み上げられていくゴミの現状を何とか変えたい、と「ビーチクリーンロボット」を開発しています。「KIKI」は、私たち、エンジョイワークスが元工場をシェアラボ・シェアアトリエとして再生して、この4月でちょうど1年。さまざまなジャンルや職種の人たちが「混ざり合う」場所として成長しています。ここで、社会課題解決に頭を凝らしながら日々制作に取り組んでいる横岩さんに、「KIKI」での開発の様子について聞いました。(聞き手:ENJOYWORKS TIMES 佐藤朋子)
*KIKI BASE FUJISAWAについてはこちらの記事を参照
https://enjoyworks.jp/times/014/
――KIKIを使うきっかけ…の前に、研究開発の「中身」を教えてください
もともと、デジタルファブリケーションという「デジタル技術を使ったモノづくり」の仕事をしていました。ランニングが趣味で、「朝、海の近くを走りたい」と都内から逗子に転居したのが5年前。天候が悪かった次の日、海岸を走っていたのですが、そこで目についたのが、砂浜で大量に広がるゴミ。気持ちよく走りたくてこの街に来たのに、かなりショッキングでした。一つ二つではなくて、「拾わなきゃ」と思わせるような量。周囲に自分と同じように、拾っている人もいましたが、終わらない作業で。ちょうど同じ時期に訪れた沖縄の宮古島でも、海洋ゴミの問題も耳にしました。流れ着いた大量の漂着ゴミをホテルの人たちが手作業で拾っている、という話。人の手を借りて時間をかけている。「それはロボットができる作業じゃないか」と思いついたのです。ひと頃に比べてコンピューターの価格も下がっているし、比較的安価に作れるかもしれないな、と挑戦してみることにしました。
「海のごみを拾う」という機械はこれまでもあったのですが、砂ごと回収してゴミだけ抽出するというもの。砂だけの人工のビーチならいいけど、自然の砂浜には小さな生き物もいる。生態系も考えて、ゴミだけ拾うロボットにこだわりました。いま制作しているものは、ゴミの種類と座標(位置)を認識するカメラを搭載していて、自走して拾う仕組み。UFOキャッチャーのようなアームが付いています。シンプルさを追求してこの形になりました。
――開発から、いま、どのような段階ですか?
2021年の秋に、北九州市のビジネスコンテストで採択されてデモ機を制作しました。ここから試行錯誤しながら、今の試作機で3作目。室内でしか動かしていないので、光の加減によるカメラの認識などはこれから。外で活動するロボットは海外でも増えていますが、実は、砂浜は街なかよりも動く障害物が少なくて、走行に関する難易度は低いと思っています。ただ、将来的には岩場など変化のある場所でどう動かせるのか、ということも考えていかなければいけませんね。試作機の完成度は7割くらいなので、実証実験の後に資金調達を行って、製品化を進められれば。
――「ロボットの専門家」ではなくて、社会課題への意識から事業を展開させていることにも興味があります
大学時代は工学系(電子情報工学)だったのですが、仕事として始めたのは3Dプリンターを使ったいわゆる「デジタル工作」。「デジタルファブリケーション」と言うのですが、デジタル技術を使ったモノづくりと言えるでしょうか。今は、大学医学部発ベンチャーでハードウェアの開発にも参画しています。技術者仲間と意気投合して、立ち上げたのがゴミ拾いのロボットを手掛けるSeasideRoboticsです。
自分の好きなランニングが開発のきっかけになった訳ですが、海洋ゴミは世界的な社会問題です。本当は、そもそも、海洋に出るゴミをなくすこと、上流から課題解決に取り組むべきかもしれません。しかし、上流の問題は巨大かつ社会的な要素も大きく、技術畑の人間としてはそれよりも目の前にあるゴミ問題をテクノロジーで解決することを選択しました。湘南でも長年、ビーチクリーンをしているボランティア(団体)もいらっしゃいますが、拾っても拾ってもなくならないゴミに、その人的資源を投入し続けるのか。ロボットが目の前の課題を吸い取ってくれるのであれば、活用しない手はありません。
――KIKIには昨年7月に入居されました。そのきっかけは?
もともと、もう1人の開発者と一緒に作業するスペースがなく、別々に行っていました。それぞれの自宅を拠点にするには手狭であったことと、大がかりな作業ができないという悩みもあったのです。大きなガレージを借りるというのも現実的でなくて。ここ(KIKI)は音出しも可能で、機材を置けるブースもあるし、フリースペースは文字通り自由に使えるので、室内の自走も気兼ねなく試せます。開発を進める中でNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のスタートアップ支援も受けたことも、拠点を構えるきっかけになりました。自分の開発(作業)規模と機動性を考えると「ここしかなかった」とも言えるかもしれません。
ブース内には3Dプリンターを何台か置いていて、それを動かしながら、横のフリースペースで試作機の作業をしています。場所の自由度が高いのが良いですね。他の利用者さんで、ビーチクリーンをきっかけに、再生プラスチックや環境に優しい素材を使ったアパレルを運営している人もいて、取り組み方やジャンルは違いますが、意外な刺激になっています。
――ここから、先にどのようなものを描いていますか?
近いうちに、プラスチック排出を規制する国際条約が採択される予定です。そうなると世界的に「海のゴミ」の捉え方も大きく変わってくるでしょう。排出源の対策はもちろんですが、「じゃあ、今あるゴミをどうするか?」という問題はなくなりません。(ビーチクリーンは主に)ボランティアに頼っているけど、人的資源は有限ですし、重労働。その役目をロボットが担うことができれば、ボランティアの労力も、もっと他のところに費やせると思います。
よく海洋ゴミの問題で取り上げられる例がアホウドリの話。プラスチックゴミをエサと間違えて誤咽してしまい、命を落としているのです。海鳥たちの生態系を守るために、自分が大切にしたいのは「賢く、優しく拾う」ということ。自走できるロボットなので、身近な海岸など人間が「きれいにしてほしい」と思っているところ以外でも活躍できるといいな。こうしたロボットの登場で、ビーチクリーンの考え方も変化していくことを期待しています。
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「夏頃に近くの海岸で実証実験ができれば」と話していた横岩さん。描いているフィールドは、海岸すべて。その研究開発の場に、と探し当てたのが海沿いの町、藤沢市の「KIKI BASE FUJISAWA」でした。ほかに金属加工や木材加工などのアーティストさんなどにも利用いただいていますが、「ものづくり」を応援する場として、「元・工場」に設けたスペースに皆さんが融合し、少しずつ機能していることを、この施設の運営会社の立場からも嬉しく感じています。
縁があって、この場で深化している横岩さんの研究。「賢く、優しく拾う」という表現に、ご自身の人柄も垣間見えました。そう遠くない未来に、「KIKI発」のロボットが海岸で働いていることでしょう。
Seaside Roboticsホームページ
https://www.1101001000.com/seaside-robotics
KIKI BASE FUJISAWA
https://kikibase-fujisawa.com/