「実家」という言葉からどんな場所をイメージしますか? 祖父母の世代が丁寧に守ってきた「昭和の家屋」が頭に浮かぶ人も少なくないかと思います。周り廊下や縁側、広い畳の間、土間があって…。そんな味のある建物も、継ぐ人がいなくて土地ごと売られてしまったり、管理できずに空き家になってしまったり。というのが今の日本の現状。空き家再生という言葉をよく耳にするけれど、実際のところ、再生の考え方はさまざまで、「維持」のハードルはたくさん。その結果、「昭和レトロな実家感のある空間」も少なくなっています。
私たちが神奈川県葉山町で運営管理している「平野邸Hayama」のコンセプトは「みんなの実家」。昭和初期に材木商の平野氏が建てた民家を「利活用できないか?」と相談・依頼が舞い込んできたのは2018年のことでした。初めに行ったのは、同町内で活動するNPO法人「葉山環境文化デザイン集団」や一般社団法人「はっぷ」を中心とした近隣の方々との場のコンセプトづくり。ワークショップ的なイベントで使い方やニーズを取り込んでいくのは、エンジョイワークスならではの「共感・共創」の醸成方法です。
「人の家の障子なんて張りたいものかしら?」。障子張りイベントの企画に際し、そう思ったと振り返る家屋の所有者、佐藤さん。それが意外にも世代を超えて多くの方が集まったのです。ほかには、ノコギリで廃材を切って畑の柵を作ったり、木の柱や梁、火鉢を蜜蝋ワックスで磨いたり。自宅ではそんな容易にはできない体験を、イベントとして提供。そして「ほかにも何か楽しいことができるかもしれない」という、余白やワクワク感を参加者間で共有する場になりました。
「地域の交流拠点、昔ながらの建物や生活文化を体験できる場を提供する」。それだけでは、資金的にも継続的な運営は成り立ちません。そこで加えたのが、宿泊機能。「ノスタルジックな実家的な昭和家屋に泊まる」ことを特別な体験と捉えてくれる人もいるはず、と。そうして、「日本の暮らしをたのしむ、みんなの実家」のプロジェクトがスタートしました。私たちが運営する共感型の不動産投資ファンド、ハロー!RENOVATIONを活用して出資を募り、リノベーションののち2020年4月から、「平野邸Hayama」の名称で運営を始めました。
開業から3年半経った2023年11月。平野邸は国の登録有形文化財に登録される運びとなりました。「地域や歴史的に意味のある建物」だと認められたということになります。葉山地域では戦前(~昭和初期)の建物がこの20年間で、800棟以上から200棟ほどに減っているそう。そんななかで、私たちは平野邸の運営を通して、建物の意匠や佇まいの様式を伝え、地域の多くの人にも活用してもらえる場を維持していく役割を担っています。
日中は地域のサークルや団体の利用、夕方からは宿泊専用。そんな使い方の「混じり合い」もこの施設の特徴。ただの「貸館」ではなく、町内の人が知らずのうちに季節の花を飾っていたり、柿を収穫して干し柿を仕込んでくれたり。「公民館ホテル」という表現をすることもありますが、みんなの実家を、みんなで育てている、という感覚でしょうか。そして、さらにこの冬、「登録有形文化財に泊まる」という体験も加わりました。この地にある意義など、関わった人たちが感じる「付加価値」が積みあがっていくことを描いています。
平野邸の例は、古民家活用の一つのモデルケース。所有者=個人では解決できない課題を地域一体になって考え、「町の遺産」として活用していく。そんな視点で、他の地域でも同じような「混じり合い」が生まれることを期待しています。
平野邸ホームページ https://hiranoteihayama.com/