「別荘」と聞いて、どんな場所を思い浮かべるでしょうか? 避暑地として今や移住でも人気の軽井沢とその近郊、温泉のある伊豆や熱海。実は、首都圏の神奈川には、明治期に遡る独自の別荘文化があります。都心からそう遠くない距離にあり、海沿いの温暖な気候と景観で、小田原から大磯、鎌倉、逗子・葉山…と、相模湾沿いに別荘文化が生まれていったのです。
それぞれのエリアに特徴があって、小田原は保養地として財閥や財界人、政治家の邸宅が多く建てられました。(諸説ありますが)日本の海水浴発祥の地である大磯は、政界の奥座敷と言われた場所。明治政府の元勲である伊藤博文や陸奥宗光、さらに実業界の重鎮である渋沢栄一など、近代日本を支えた多くの著名人が別荘を構えたのです。鎌倉は、緑豊かな山々に囲まれており、静養の場としてだけではなく、多くの文学者や芸術家が作品を生み出す創造の場としても機能。そして葉山は、明治天皇が1881年に葉山御用邸を設置したことで全国的な知名度を得ました。これを機に、皇族や華族、政府高官などが別荘や別邸を設けるなど、「皇室ゆかりの地」として高いステータスを持つ地域として発展しました。
それらの別荘自体もやはり特徴的で、建物には和洋折衷の文化背景があったり、当時の技術の粋や意匠が込められていたり。そうした別荘が時を経ていま、どのようになっているのか? 多くは、解体や建て替えでその姿を見ることはできませんが、地域の人や自治体が歴史遺産としての活用の模索や庭園の開放など、建物の維持管理という課題に向かい合いながら守り継いでいる例がいくつかあります。
葉山で“唯一”現存する皇族旧別邸
皇室ゆかりの地の葉山はどうでしょうか。地元のNPO団体がまち歩きをしながら別荘地の記録を残す活動をしていて、かつては500軒近くあった別荘も今やわずかだと言います。皇族の別荘(別邸)も、有栖川宮別邸(のちの高松宮別邸)は跡地に神奈川県立近代美術館葉山館が、北白川宮別邸と秩父宮別邸も解体され別の建物があります。その中で、唯一現存しているのが、東伏見宮葉山別邸。敷地には洋館のみ残っており、戦後、宗教法人イエズス孝女会の修道院として使われていました。建物の意匠をそのままに約70年使い継いできた希少な例で、御用邸とともに、葉山の別荘文化を象徴する存在です。
そんな「別邸」も、やはり建物の老朽化や継続した維持管理といった課題を抱えています。そこで今夏、地元住民などが一般社団法人を立ち上げ、保全活動を開始。先ごろ、改修工事に着手し、維持管理のための資金調達も始めました。その活動の根底にあるのは、葉山という町の「アイデンティティ」を形作ってきた、別荘文化の灯を消さない―という思い。これは、建物を守ることだけではなく、地域の在り方への問いかけかもしれません。
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湘南エリアでは、別荘や別邸、地域の歴史的な庭園や邸宅を舞台に、文化や芸術を体験できるイベント、「湘南庭園文化祭」が2006年から行われています。展示やコンサート、ガイドツアーなどを通して、新たな文化発信や地域の活性化につなげる取り組みです。期間は例年秋から初冬にかけて。旧東伏見宮葉山別邸は現在、改修工事に入っているため今年は参加していませんが、毎年、ここを会場にコンサートなどを開催しています。庭園文化や別荘文化を守り継ぐ「横のつながり」も生まれているのです。
湘南庭園文化祭ウェブサイト
http://shonan-teien-festival.org/